「首席!?全国大会!?」

思わず叫んだ僕に、彼は初めて笑顔を見せた。




3. 笑顔 1





予想外の出会い(特に山口君にとって)を果たした次の日。
やはりいつものように彼は昼休み時間になると正門へ向かっている。
そして僕はというと、いつもと全く変わっていなかった。


昨日、山口君は何も言わなかった。
ただ黙って僕の顔を見ているだけで、いいとも嫌とも言わなかった。
僕も何を言ったらいいのか分からずに、ただ困惑したまま山口君の出方を待っているだけで…。
どうしようどうしようと段々頭が混乱してきたとき、見回りに来た先生に早く帰れと注意されて、山口君はそのまま行ってしまった。
結局返事は貰えないまま。


そして今日、僕はついて行っていいのかいいのか分からず、かといってもう一度聞く勇気もなく、少し離れた所から彼の姿を見ているだけだった。
どうして毎日毎日こんな事してるのか、実は自分でも分からない。

ただ見たかったんだ。

もしかしたら、彼の学校では見せないあの優しい眼差しにもう一度会いたいだけなのかもしれない。
でもやっぱり自分から近づいていく勇気は出なくて、思わずため息をつくと、ふと彼が足を止めた。
なんだろうと思っていると、キョロキョロ辺りを見回し…その目が僕を捉えた。
一瞬ぎょっとしたけど、彼はそのまま僕を見ているだけで一歩も動こうとしない。

「……。」

…これは、もしかして一緒に行ってもいいという事なんだろうか…?
思い切って彼の所へ走った。
そして、山口君の目の前まで来ると、彼は一言呟いた。

「………来るんだろう?」







◇◇◇◇◇◇






「あら?もしかして真吾君のお友達?」
「めずらしいな。山口君が誰かと一緒に来るなんて。」

ついてきたのはいいけれど…。
忘れてた。
ここでは何故か彼の周りに人が集まるという事を。

「…昨日知り合った。」

山口君はそれだけ言うと、またガサガサ音を立てて袋からキャットフードを取り出した。
…分かってはいたけど、そっけなさ過ぎるよ…。

「あらあらそうなの?」

この前も見た女の人は怪しげな笑みを浮かべながら僕と山口君を眺めている。
そ、その笑みは何だろう?

「私達ね、少し心配してたのよ。真吾君って動物に対してはもう本当に優しくっていい子なのに何故か相手が人間になると途端に無愛想になるじゃない?人相手に笑ってる顔なんて見た事ないし。それに彼、顔はいいし頭は首席入学するくらいだから当然いいし、それに加え弓道では全国大会に進めるくらいいい成績残してるし。女の子には人気だけど男の子からはひがまれて友達いないんじゃないかって話してたのよ。」

う、うわぁ…。
すごい言いたい放題言ってるよぉ…。
とても口に出しては言えないけど。

ん?
それより今、なんかすごい事聞いた気がする…。

確か…頭はいいし弓道が…?


『それに彼、顔はいいし頭は首席入学するくらいだから当然いいし、それに加え弓道では全国大会に進めるくらいいい成績残してるし。』


「えーーーっ!?」

突然叫びだした僕におばさん達はもちろん山口君も目を見開いていた。
でも今はそんな事気にしてる場合じゃない!

「首席!?全国大会!?山口君ってそんなにすごい人だったの!?」

思わず。
本当に思わず勢いのまま山口君の制服をガッと掴んでそう聞くと、彼はしばらく目を見開いたまま固まっていたけど、急にぶっと噴出した。

「……えっ?」

笑っ…た?

「お前…何、知らなかったのか?…っかし。そこまですげー反応返す奴初めてだよ。」

僕は…そこまで笑う山口君が初めてです…。
と言っても彼を見てたのはたった1週間だけど…。
それにしても…。
もともと綺麗な顔だけど、笑うともっと綺麗になる。
山口君は、笑ってるほうが全然いいよ。
そう思いながら見惚れていたのは僕だけじゃなかったみたいで。
周りにいたおばさんやおじさん達も皆ポカンとしていた。

「やだ…真吾君、そんな風に笑ってるほうが全然可愛いわよ。」

ねぇ?と僕に同意を求められたので、迷うことなく頷いた。
タイミングよく猫までにゃ〜と鳴くもんだから、皆で顔を合わせて笑ってしまった。






「ねぇ、その猫、名前はないの?」

一通り笑いが収まった頃、僕はがつがつキャットフードを食べてる猫を見ながら山口君に聞いた。

「あぁ…。こいつ、野良なんだ。この店の前に居つくようになって、流れで俺が餌をやる事になったんだけど…。」
「流れ?」
「この店、俺のおばさんがやってるカフェだから。」
「えぇっ!?」

驚いておばさんの方を向くと、すっごく楽しそうに笑っていた。

「この店は亡くなった主人が残してくれた唯一の物だから。とても大切なものなの。」
「で、俺は時々遊びに来てたんだけど…。」
「無銭飲食という名のね。」
「…。」
「ある時ふらっとこいつが現われて、つい餌やったらここに居つくようになって。」
「もう。だからあの時餌はやるなっていったのに。」

あぁ。
だから責任をもって猫に餌をやる事になったって事かな?

「引き取り手も見つからないしねぇ。」

そういえばアレルギーがどうとかマンションがどうとか言ってたなぁ。

「名前をつけたら手放したくなくなるだろう?だから名前はないんだ。」
「そっ…か。」

できれば僕が飼うよ!と言いたいけど、うちは動物嫌いの父親がいるからなぁ…。
捨てろ!と言いかねないほどの動物嫌い。

「早く見つかるといいね。」
「あぁ。」

優しげな目でその猫を見つめるから、僕はついその猫に手を伸ばした。

「あっ、だめよ!その猫真吾君以外にはつめ立てたり噛み付いたりするから!」
「え?」

おばさんがそう忠告してくれたけど、遅かった。
その時にはすでに僕の手は猫に触れていた。
そのまま固まってしまった僕を含め、その場にいた皆が息を詰めて猫の次の行動を見ていた。

…が。

むしろその猫は気持ちよさそうに僕に擦り寄ってきた。

「…あれ?」

思わず山口君の方を見たら、山口君も驚いたように僕を見ていた。
猫はそんなことに構わずにゃ〜と甘えた声を出しながら僕によじ登ってくる。

か、可愛い…!

「…真吾君以外の人にここまで懐くなんて…初めてだわ。ねぇ、あなた名前は?」

思わず猫を抱き上げて撫でていた僕に、驚いたような声でおばさんがそう尋ねてきた。
そういえば山口君も僕の名前知らないんじゃ…。

「あ、倉田忍です。」
「忍君ね。もしよかったらまたきて頂戴。」
「え、いいんですか?」
「勿論。ついでにここでお茶でもしていってね。」

なんだかとても嬉しそうに笑っているおばさんに僕も思わず笑みを返してこくこく頷いた。





そしてその日から、僕は山口君と毎日このカフェに来るようになった。