1章
Act.6
「有川は気付いてるんだな。俺の…気持ち。」
でなければこのタイミングであんな言葉が出てくることはないだろう。
なんだか俺の心は周囲にだだ漏れのような気がする。
本人と、なんとなく栗原にだけは知られたくない。
「俺は…周りのことには…何故か敏感だから…。自分の事は…からっきし……らしいけど…。」
「周り…?」
「バンドの仲間でもいるんだ…。悩んでた奴…が。」
「それは…男同士で?」
俺がそう聞くと、チラッとこっちを見てからコクンと頷いた。
「結構…いる。」
それっきり有川は口を開かなくなったから、言いたかった事はすべて言ってくれたんだろう。
つまり、どうしてかは分からないが俺の聖也への気持ちに気付いていて、まだ諦めるなと言いたかったんだろう。
徹はまだ諦めていないから、と。
ということは徹の好きな相手のことも知っているわけで。
めったに学校には来ていないのにどうして気付くんだろう…?
それに…確かに俺は聖也から逃げている。
自分の心が怖かったから。
このまま離れることで聖也へのこの気持ちが消えてくれるなら、それが一番いいと思ったから。
今までずっと聖也とは一緒に過ごしてきた。
だから、少し離れればもしかしたら…消えていくんじゃないかと思ってたことも事実だ。
その考えが甘かったと思い知るのは今日の夜。
俺は、自分の気持ちを見誤っていたんだ。
「あれ、もう水ないじゃん。」
この時もう時刻は11時を過ぎていた。
徹は相変らずよく飲み、半分夢の中に旅立っていた。
そんな徹にとりあえず水を飲ませようとしたんだが、5本近くあったペットボトルがすべて空になっていた。
いつのまに…?
「…栗原…だね。」
有川がボソリと呟いたセリフですべてを理解した。
栗原は見た目通り酒に弱かった。
というより飲んだことがなかったのか、自分の限界が低いことを知らなかったらしく、周りのペース(特に徹)につられて飲みすぎていた。
おかげで早々につぶれたため、誰かが水を飲ませたんだろう。
…まぁ、誰が飲ませたのかは…想像がつくけど…
いやいや、そんな事を考えている場合ではない。
「俺、コンビニで水買ってくる。他になんか欲しいのある?」
寮の近く…歩いて5分くらいのところにコンビニがある。
そこは本屋と隣り合っていて結構学校の奴らが利用している。
ま、本屋がなくてもコンビニだったら皆使うか。
「海斗、俺も行くよ。」
相変らずの過保護(有川談)の聖也が名乗りを挙げたが、今の俺は聖也と2人にはなりたくなかった。
「いいよ。すぐそこだし。」
「いや、でも…。」
「すぐ戻ってくるから。じゃ、行ってくる。」
何かを言われる前に部屋を飛び出してきたが、その行動を俺は、後で後悔することになる。
「ありがとうございました〜。」
明らかにバイトであろうレジの人の挨拶に見送られ、俺は数本のペットボトルとつまみの入ったビニール袋を持ち、コンビニを出た。
それにしても水とつまみってどんな組み合わせだよ。
「だから…いやですって…。」
そんな時だった。
微かな声が聞こえたのは。
「ちょ、せんぱ…。」
「ごめん…ちょっとだけ…。」
「ちょっとって…。」
…。
えぇ〜と…。
思わず声の元を探し出しちゃったけど…こういう場合は見てみぬ振りするべきなんだよ…な?
しかも声は両方とも男だ。
とりあえず気付かれないようにそろそろと歩き出したが、ここはお約束。
ついうっかり足元にあった空き缶を蹴飛ばしてしまった。
誰だよこんなところに置いた奴…!!
「……!!」
“先輩”に抱きしめられていた奴はその音を聞いて思いっきり“先輩”を突き飛ばしてしまった。
突然のことにその“先輩”は対処できずに後ろの壁にもろにぶつかってしまった。
…あ〜あ…。
「あっ!ご、ごめんなさい!先輩!!俺、つい…。」
「いや…待つって言ったのにつっぱしった俺が悪かったんだ。」
いや、元はと言えば俺が原因…。
なんとなく口を挟めなかった俺は、この二人に見覚えがあった。
確か二人とも弓道部で、前学校の新聞部がスクープしていた。
写真では二人がばっちりキスをしていて、一時期かなり騒がれていた。
そのうちの一人が学校では有名な“日向(ひゅうが)先輩”だったからだろう。
容姿もさることながら運動、性格がよく、成績なんて常に全国トップ10に入る事で学校では有名だったから。
「え〜と、おじゃましたみたいで…ごめんなさい…?」
「あ!いや、そうじゃなくて…。」
「君、この事は誰にも言わないでね?俺と要(かなめ)はまだ付き合ってるわけじゃないから。」
俺の言葉に違う返事が返ってきた。
こんな夜に外で抱き合ってて、おまけに写真では確実にキスしてたのに付き合ってないとかおかしな事…言うな…。
頭では色々考えてても口に出せるわけもなく、ただじっと見ていた俺に、日向先輩は何を思ったのか…言った。
「俺は要を好きだけどね…。まだ受け入れてもらえてはないから。」
「先輩。」
「でも俺は待つって決めたんだよ。要が、俺を受け入れてくれるのを。……諦めたくはないからね。」
なんだか今日の俺のキーワードみたいだ。
『諦めるな。』
「あっ、先輩ごめんなさい。俺もう帰らないと…。」
「もうそんな時間?…残念。送っていくよ。」
「いいですよ。すぐそこだし…。」
「要は可愛いから何が起こるかわからない。」
「……よくそんな事さらっと言えますね…。」
「ちょっと目を離すと要はどこかに行っちゃう気がするんだよ。」
「……そんな事ないですよ。それより先輩もうすぐ受験なんですから風邪引かないように早く家に…。」
完全にアウトオブ眼中な俺。
どうでもいいけど結局あの二人は両思いなんじゃん…。
その空気に入っていけず、いちゃいちゃ(失礼。)しながら視界から消えていく二人を呆然と見ていることしかできなかった。
「……俺も…早く帰らないと。」
しばらくしてようやく手にしているコンビニのビニール袋の存在に気付いた俺はとにかく寮へと戻ることにした。
そして、あと少しで寮の玄関につくという所で、思わず足を止めた。
人影が見える。
ついさっき見たような二つの影。
そのうちの一つの影はもう一つの影を抱きしめていて。
おれはその場から動けなくなった。
それは、聖也が栗原を抱きしめている場面だった。