1章
Act.4
さすがにクリスマスイブ。
どこもかしこもカップルばかり。
そんな中、俺は何故か居酒屋で、徹と二人で飲んでいた。
というのも、なんの目的もなくフラフラ歩いていた俺を見つけた徹に引っ張り込まれたからだ。
彼にとって運がいいのか悪いのか分からないが、1人で居たくない時、徹はいつも現れ俺を助けてくれる。
今日も例に漏れず現れてくれたわけだが。
「ほら〜。もっと飲めよ〜海斗〜。全然減ってないぜ〜?」
ついさっきと状況が変わっていないような気がするのは気のせいか?
「すいませーん。ビールジョッキ追加〜。」
だから俺達まだ高校生だから!
そんな堂々とアルコールを頼むなよ!
…はっ!それを言うなら高校生二人で居酒屋に入ること自体がおかしいじゃないか。
「海斗、いまどきこんなの当たり前だぞ。」
「俺の思考を読むな。それに俺はもうさっき充分飲んできたんだよ。これ以上飲んだら明日死ぬ。」
「あまいあまいあまい。あまいね海斗。人間たまには冒険も必要!自分の限界を知るのも経験だぁ〜〜!!」
ここまできてようやく気付いた。
すでに徹は酔っている、ということに。
◇◇◇◇◇◇◇
「おい、大丈夫か?」
「ん〜。へーきぃ〜。」
あれから結局俺も飲まされ、寮に戻ってきたのが11時。
べろんべろんに酔ってしまった徹を支えながらようやく部屋に着いた。
もちろん徹の部屋に。
こういうとき寮に入ってる同士だと楽だ。
この寮はすべて1人部屋になっている。
俺は203号室。徹は隣の202号室。
ちなみに聖也は少し離れて207号室。
学年ごとに階が分かれているわけではないんだが、なぜかこの学年で寮に入った奴はすべて2階になっている。
まぁ、とりあえず徹はソファーに寝かせて水を飲ませて様子見だな。
「ん〜。なぁんか久しぶりにいい気分だ〜。」
へらへら笑っている徹の声を聞きながら冷蔵庫を開けた俺は本日二度目のフリーズを起こしてしまった。
「…徹。今日はひたすら飲むつもりだったんだな?」
「あれぇ〜??なんでわかったぁ〜?」
「こんだけペットボトルの水(500ml)が入ってれば察しがつくって…。」
少なくとも15本は入ってるぞ!
きっと二日酔いになった時の為用なんだろうけど、徹らしいというかなんと言うか…。
ある意味尊敬する…。
「きょうはぁ〜、ちょっとへこむ出来事が発覚したから〜、飲もうと思って〜。」
…へこむ出来事?
「なんかあったのか?」
とりあえず4本ペットボトルを取り出してソファーの近くに寄ると、徹はものすごい勢いで起き上がり、1本を一気飲みしてしまった。
すんげぇ飲みっぷり…。
「くっはぁぁ〜。サンキュ〜。一気に酔いが覚めたぜ!」
「早っ!!」
「あ、俺のへこむ出来事については触れてくれるな。海斗と一緒に飲んで解消したから!」
「はぁ?それ意味わかんねぇし。」
というか話の展開早すぎるし。
「…前に言ったじゃん?俺にも好きな奴がいるって。」
聞いたな。
「でもそいつには他に好きな奴がいて。とても俺は太刀打ちできなくて。」
「太刀打ちできないって…。」
まさかそいつの好きな奴って女とか?
「ま、そのあたりはノーコメントで。でさ、どうも今日は二人で一緒に過ごしてるらしいんだよな。風の噂によると。」
「……。」
クリスマスイブに二人でって。
それって…。
「ま、そんなわけでさすがに俺も軽くへこんだから飲み明かそうとしてたら運よく海斗発見してさ〜。」
あ、今回は徹にとっても『運よく』だったらしい。
「…今日は楽しかったよ。サンキュー海斗。」
「いや、俺も。楽しかったよ。」
「……なぁ海斗、聞いてもいいか?」
「何を?」
徹が二本目のペットボトルの半分を飲み終えた頃、ようやく一本目を終えた俺は二本目に手を伸ばしながら徹に目を向けた。
その時徹はやけに真剣な目をしていて。
「海斗はどうして、上原に気持ちを伝えようとしないんだ?どうして離れようと思ったんだ?」
「……。」
いつか聞かれるんじゃないかとは思っていた。
俺が聖也を好きだと思うことに恐怖を感じていると、徹は気付いているから。
でも、俺が怖いのは、誰かを好きになることそのものではなくて―――。
「闇が…。」
「闇?」
「俺は、闇が怖いんだ。」
自分を覆いつくしてしまう闇が。
「それは嫉妬だったり、愛情だったり、するけれど。」
それだけではなくて――。
「…俺はさ、聖也が幸せならそれでいいなんて、思えないんだよ。」
「……それは、お前らがずっと近くにいたせいだろうよ。きっと。」
そうなのかもしれない。
生まれた時からずっと一緒だったようなものだから。
「徹は?」
「俺は、あいつが笑ってさえいてくれればそれでいいんだよ。」
「…そばにいるやつなのか?」
「そうだな…。」
「俺、知ってる奴?」
「う〜ん…。知ってるといやぁ知ってるけど、知らないといやぁ知らないかもな。」
「何だそれ。」
ふっと笑うと、徹も笑った。
「あ〜あ、でも、笑ってさえいてくれればそれでいいなんてかっこいい事言ったけど、一度くらいはギューってしてみたいよな〜。」
子供みたいな言い方に、つい笑ってしまった。
「ギュー?」
「そ。こんな風に!」
「おわっ!」
さっき俺が聖也にしたように徹は突然俺を抱きしめてきた。
ただあの時と違うのは、俺が徹にすっぽりと包まれてしまっていること。
この身長差が恨めしい。
「ははは。俺を抱きしめてどーすんだよ。徹。」
「……。」
「…徹?」
徹はただ、俺を抱きしめる力を強めるだけで、何も言わなかった。
そしてお約束というかなんというかそのまま徹は寝息を立ててしまい、俺は徹の腕から出られずにいた。
獲物は逃がさないというみたいに腕の力は弱まる事を知らず(むしろ動こうとすると強まる)早々に諦めた俺はお酒の力もあってそのまま夢の世界へ旅立った。
そして次の日の目覚ましは徹の叫び声。
「うわぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
「ん〜?なんだようるさ…。」
「海斗!?いや、え?何、…あれ!?」
まだ半分夢の中にいる俺は目をこすりながらあくびをすると、周りを見渡した。
朝日。
ソファー。
ペットボトル(空)×4。
この風景のどこにそんな雄叫びをあげる要因があるんだろう?
あえて言うなら徹がソファーから転げ落ちてることくらいだが。
「どうしたんだよ。そんな大声出して。」
「いや、どうしたって……。昨日…。」
「昨日?ああ、徹あのまま寝るから…。」
「あのままって…?」
その歯切れの悪さになんとなくぴんと来た。
「…もしかして覚えてない?」
「……。」
「てかなんでそんな深刻そうな顔してんだよ。どこまで覚えてる?」
「…一緒に酒飲んで…部屋まで送ってもらって……。」
ということはあの話の内容は覚えていないということか。
良かったというべきなんだろうか。
「まぁその後はそこのペットボトルの水を飲んで軽く話して寝ただけだけど。」
「…なんで一緒に寝てんの?しかもソファーで。」
あぁ。
それが一番知りたかったのか。
たしかに男二人でソファーで寝てるなんておかしいよな。
「徹が俺に抱きついたまま離さないから仕方なく…。」
「え!?」
今更だけど、こんなにあたふたしてる徹見るの初めてかも。
なんか新鮮。
「話の流れで何故かそんなことになってさ。お前そのまま寝ちゃったから俺帰ろうとしたんだけど腕が離れなくて。」
「……。」
「酒も入ってたし。そのまま寝ちゃった。わりぃ。」
なぜか徹は絶句してしまった。
……何かまずかっただろうか。
「…あ、のさ、海斗?」
「うん?」
「…その、な?」
ここまで歯切れの悪い徹も初めてだな。
「俺…なんか、変なことしなかったか?」
「……は?」
それは、予想外だった。
「……。」
「………。」
思わず徹の顔を凝視してしまうと、何を勘違いしたのか余計あたふたし始めた。
「あ、なんていうかさ、俺、酒が入ると…その……色々とオープンになるんだよ。」
…いや、オープンてお前…。
「しかも全然覚えてないから何か絡んだりしたんなら…悪かったな…と。」
「………。」
絡んではいないよな…。むしろ逆にこっちの話も聞いてくれちゃったし。
でもあえてその事は言わず
「大丈夫。抱き枕にされただけだから。」
といったら沈んでしまった。
なにがなんやら。
2日後。
栗原はお通夜や葬式のため、親の元へ帰っていった。
聖也が病院に駆けつけたとき、栗原は亡くなったおばあさんの前で座っていたらしい。
泣きもせず、ただ見つめていたという。
たった一人で。
これからどうするんだろう。
彼がこの学校に入ったそもそもの理由は体調の悪いおばあさんと一緒に住むから、ということだったはずだ。
これからもここに通うのだろうか。
おばあさんとの思い出のある家から。
それとも親のところへ帰るのだろうか。
広い家に1人でいる寂しさは、俺は遠い昔に経験したからよく分かる。
あの孤独と寒さは表現できない。
一度陽だまりを体験してしまったら、あの寒さには耐えられない。
きっと栗原もそうだったのだろう。
年が明ける前に彼は寮に引っ越してきた。
聖也の隣、208号室に。