1章
「俺は、あいつが笑ってさえいてくれればそれでいいんだよ。」
Act.3
12月24日。
クリスマスイブ。
世の中はカップルの時間。
「海斗〜今年のクリスマスの予定は?」
聖也だ。
分かってるくせにそう聞いてくるんだからたちが悪い。
「いつもと同じだよ。」
「独り身か〜。」
なんでそんな楽しそうに言うかな。
やめてくれ。
「じゃあさ、飲もうぜ。二人で。」
「え?」
「いいだろ?ここんとこゆっくり二人で話すことも少なかったし。」
「や、ていうか…クリスマスに男二人でなんて…悲しすぎないか…。」
本心は嬉しいのと苦しいのとで複雑だけど。
「去年だって家族で過ごしたんだから同じようなもんだろ。じゃ、24日の夜、海斗の部屋に酒とか持ってくから。」
「え。俺まだいいなんて…。」
「その日は空けとけよ〜。じゃな。」
爽やかに俺の言うことを無視して予定を確定していきやがった。
普段はめったに見せないその笑顔が今は憎く感じるよ、聖也。
で、どうして日が過ぎるのはこんなに早いのだろうか…。
お約束のように気付けばもう24日だ。
今年は25日が土曜日だから今日で学校が終わる。
ホームルーム後、休みの間の予定を立てる奴やすでに気分が解放されている奴で賑わっているこの教室の中、俺の隣人だけは沈んでいた。
相変わらず俺に怯えている栗原。
そして俺も、必要以上に話しかけてはいない。
こいつが怯えるからという事もあるがそれ以上に、栗原の口から聖也の話を聞きたくないからだ。
そう。
単なる嫉妬だ。
でも、今日はいつもと栗原の様子が違ったから。
つい話しかけてしまった。
「栗原?」
「…えっ!?」
案の定大げさに肩を揺らして驚いた後、話しかけたのが俺だと気付くと驚愕といっていいほどの表情に変わった。
…いや、驚きすぎだろ。
いくら普段めったに話しかけないからって…。
「え、えぇと…な、何?」
だからそんなにびくつかれると話したいことも話せないんだけど…。
「いや、なんか…体調でも悪いのか?さっきからずっと…」
様子がおかしいから。
そう言い切る前に他の声がかぶった。
「もしかして、ばあちゃんがどうかしたのか?」
「!!…聖也…。」
俺の後ろから栗原に向かって声をかけた聖也を思わず振り返ったとたん、後悔した。
聖也はすべてを包み込むような目で栗原を見ていた。
そう。
まるで大事な人を見つめるかのように。
俺の心が小さな音を立てたが、なんとかポーカーフェイスを保った。
「う、うん…。一昨日から体調が悪化して、いま入院してるんだ…。」
聖也が来たことで気が楽になったのか、栗原は口元に笑みを浮かべて言った。
笑みといっても本当に弱弱しいものだったが。
「入院って…そんなに悪いのか…?」
「…。」
なんとなく二人の会話に入りたくなくて傍観者を決め込んでいたが、話の雲行きがあやしくなってきたぞ。
今日の栗原の様子。
どこか虚ろで…悲しそうな表情。
そして入院。
聖也も何かを察したんだろう。
それ以上は何も聞かず、ただ一言言った。
「なんかあったらいつでも連絡しろよ。すぐ駆けつけてやるから。」
ただコクンと頷いて栗原は教室を出て行った。
…おそらくとても危険な状態なんだろう。もしかしたら栗原は覚悟しているのかもしれない。
親は暫くこっちにこれないとこの前言っていた(聖也と話しているのを聞いた)から、今栗原は1人で耐えているんだ。
だから聖也が言ったあの言葉は当然のものだ。
わかってる。
わかってるのに…。
栗原に嫉妬している自分に吐き気を感じる。
「ほれ海斗。持ってきた。」
いつかの宣言通り聖也は酒を袋に入れて大量に俺の部屋に持ちこんだ。
だから俺は了承してないってのに。
「もっとそっちつめて座れよ。俺が座れないだろうが。」
「床でいいだろ床で。」
「床とソファーじゃ目線が合わないじゃねぇか。」
「んな大げさな…。」
目線が合わないといってもほんの数センチだ。
「いいからつめろ。」
結局は聖也の言うとおりにしてしまうんだから俺も大概やられていると思う。
聖也は隣に(強引に)座ると無言のまま缶ビールを取り出し、蓋を開けた。
仕方ないから俺も何か飲もうと袋の中を覗いたが、中身を見てそのままフリーズしてしまった。
どれだけ飲む気なんだこいつは。
缶ビールから始まり梅酒焼酎日本酒ワインカクテルなんでもござれだ。
ちゃんぽんか。
二日酔い覚悟なんだな。
それよりなによりこれだけの酒をどうやってこの袋で持ってきたんだ。
隙間を綺麗にうめている聖也の姿を想像すると笑える。
いや、それ以前に想像ができない。
「飲めよ海斗。せっかく持ってきたんだから。」
へいへい。
どうしても聖也は俺に飲ませたいらしい。
たしかに最近は(主に俺が避けてたせいで)二人で話すことも少なかったし、飲むことなんて(一応未成年だが)全く無かったから、俺も今日は羽目を外すことに決めた。
ただ、酔って変なことを口走ったりしないかがとても不安だ。
もしここでついうっかり好きだなんて言ったら今までの俺の苦悩や苦労が水の泡だ。
いや、もしかしたら逆に楽になれるのだろうか。
でも聖也に受け入れられるとは到底思えないから振られるのは容易に想像できる。
そうなったらもう聖也の傍にいられる自信はない。
これまで過ごしてきた17年間を捨ててまでこの気持ちを伝える勇気は俺にはない。
…なんて、聖也を避けてる俺が言うのは矛盾してる…。
「おい、海斗!!」
「へ?」
つい自分の思考の中へトリップしてしまった。
「何してんだよ。全然飲んでねぇじゃねぇか。」
「あ、あぁ。悪い。飲む飲む。」
あまりにも奇妙な顔をして言うので、つい手に持っていた梅酒を一気飲みしてしまった。
「…っげほ!!」
「はぁ〜。なにやってんだよ…。」
一気に飲んだせいで咽たら呆れられた。
◇◇◇◇◇◇
「…って徹はいうんだよ。ひどくね?」
「それはお前の日ごろの行いのせいだな。」
「うわっ。ここにも裏切り者が。」
「……神林が哀れになってきたぜ。」
聖也に勧められるまま酒を飲んでいたらなんか気持ちよくなって饒舌になってきた。
要するに酔ってきた。
そうなると日頃気にしない事までぺらぺらと口をついて出てくるから不思議だ。
「あ〜あ…有川元気かなぁ〜。」
「また急にどうした?」
「ん〜。…なんか突然会いたくなってきた。」
有川健太郎(ありかわけんたろう)。
日本中を飛び回って、巷ではそこそこ有名なバンドのベースをしている。
まぁ俺たちにとってはクラスメートの1人だ。
この学校は色々寛大で、ぎりぎりでも出席日数が足りていて成績も良ければ何をしてもオッケー。
そして有川は常にトップ10には入る頭の持ち主な訳で、出席日数きっかりしか学校には来ない。だから俺たちもなかなか会えないわけなんだが。
「あんましゃべんなくても存在感あるもんな〜有川。会いたいなぁ〜。」
「…。なんか海斗って酔うと可愛くなるな。」
「可愛くって何だよ〜。俺は男だ〜。知ってるくせに〜。一緒に風呂にも入ったじゃんか〜。」
「はいはい。知ってるよ。てかいつの話だよ。」
「…。」
話したいことを一通りしゃべり終えると急激に何かにしがみつきたくなってきた。
酔っ払いって恐ろしい。
きょろきょろと周りを見渡すがクッションも何もない。
唐突だが人間は酔うと本来の自分の姿が表に表れるらしい。
常日頃抑圧されているものが解放されることによるものなのかどうなのかは分からないが、酔った時ほどその人の本質が見られるという話を聞いたことがある。
そんなわけでその時、日頃抑圧している物が出てきてしまったんだろう。
俺は聖也の体に腕を回してしがみついた。
「おわっ!!海斗どうした?」
「ん〜。」
何も言わずに腕の力を強める俺に暫く驚いてはいたが、聖也も腕を回して背中をポンポンと叩いてくれた。
それが気持ちよくて。
頭が麻痺してくる。
聖也への気持ちが溢れてしまいそうだ。
「なぁ海斗。最近俺のこと避けてないか?」
ボソリと呟かれたそれは衝撃だった。
気付かれてるとは思っていなかったから。
「ん〜??なんで〜?」
「いや、なんでって……なんとなく…。」
「なんとなくってなんだよ〜。何で俺が聖也を避けるんだよ〜。」
「…。」
酔っている。
俺は酔っている。
頭ではそれを理解しているのに理性ではそれを理解していない。
だから、飲む前に危惧していた事を――俺が聖也を好きだと言うことを――口にしたくなってしまった。
「…海斗?」
「聖也、おれは…」
プルルルルルルルルルルルルルルル!!!!
「っ!」
「!!」
着メロでも着うたでもない携帯の着信音が突然耳元から聞こえてきた。
この独特の着信音は聖也が面倒くさいという理由から購入時から変えていないものだ。
その音を聞いたとたん、酔いが覚めたと同時に血の気が下がるのが分かった。
いま、何を言おうとしていた…?
しかも俺の記憶が正しければ力任せに抱きついたような気がする…んだが?
うわわわわわ!!
だから聖也の前では飲みたくなかったんだ…。
はっ!!
もしかして俺が酔うと口が軽くなることを見越して聖也はあんなに飲ませようとしてたんじゃ…。
いやいやまさか、それはいくらなんでも考えすぎ…
「栗原?…え?……亡くなった!?」
俺を現実世界に戻したのはそのセリフだった。
「わかった。今から行くから。え?いや、そんなこと気にすんなって!!いいか、行くまで待ってろよ!」
…亡くなったって、もしかして…。
「…海斗…」
「栗原の…おばあさん…亡くなったのか…」
「………あぁ…。」
聖也、お前がそんな顔をする事ないだろう?
栗原のおばあさんが亡くなったのは、お前のせいじゃないのに。
あぁ…そうか。
聖也はただ、心配なだけなんだな。
彼のことが。
俺はいつも通りの笑みを浮かべて言った。
「いいから早く言って来いよ。」
「え?海斗、お前も…」
「いや、俺は、行かないほうがいいと思う。」
栗原は、俺に怯えているから。
「何言って…。」
「時間ないぞ。栗原、待ってんだろ。」
「…あぁ…じゃあ、行って来る。」
聖也はそう言うと、一度俺を振り返って、そして出て行った。
――もうだめだ、と思った。
聖也へのこの気持ちを消す事はもうできない。
この気持ちを忘れる事はきっとできない。
この、汚い嫉妬の心を消すことが、できない。
…なかったことになんてできない。
そして聖也は、今日は帰ってこないだろう。
ずっと栗原の傍にいるんだろう。
俺が、両親を亡くしたあの時のように。
「―――…。」
もう何も考えたくなくて、俺の足は自然と外に向かっていた。