3章
Act.33
教室のドアを閉める音がやけに大きく感じる。
昼間はあんなに狭かった教室も、2人だけだと広くなる。
そんな些細な事を考えて必死に現実逃避をしても現実の出来事が解決する事はないけど。
でも。
だって…。
「せ、せいや。」
「何。」
しらっとした顔で何。じゃ、なくて!
「ち、近い!」
何が近いって、全体的に近い!
ていうか、この体勢がおかしい!
教室に入った途端壁に押し付けられたと思ったら、目の前には聖也がいた。
俺の顔の横には腕があって、ちょっと動けば聖也の腕の中に閉じ込められてしまいそうな……って、俺何考えてんの!?
聖也が近くにいるだけでこんなに混乱してしまう自分に心底驚きだ…。
「…何百面相してんだよ…。」
呆れたような声でようやく我に返った俺は体勢については後回しにする事にして、この状況をどうにかすることにした。
「え、と。聖也?」
「何。」
「……俺はどうしてここに連れてこられたのでしょうか。」
「なんで敬語になってんだ?」
ちょっと笑いながらそう言った聖也はあっさりと俺から離れた。
俺をからかってただけか!!
「海斗は面白いくらいにすぐ赤くなるな。」
それは明らかにお前のせいだって!
「まぁそんなことより、栗原と何かあったのか?」
「っ…。」
いきなり話が変わって正直な反応をしてしまった。
今のじゃ何かありましたって言ってるようなもんだ。
「………何があった?」
もう、ここまで来たら正直に言わないとこいつは栗原に対して変な誤解をしてしまいそうだ。
栗原と何かがあったわけじゃない。
俺が、勝手に栗原に対して変わってしまっただけだ。
「…目、が…。」
「目?」
「栗原の目が、怖いんだ…。」
別に俺の事を睨んでるわけじゃない。
反対に無視されてるわけでもない。
むしろ以前に比べると、警戒心というか、怯えてる感じがなくなった。
なのに、俺は逆に怖くなった。
その目で見られている事が、その目を見るのが、怖い。
「怖いって…。前はそんなことなかったよな?」
「あぁ、前は別になんともなかった。でも…。」
「………いつからだ?」
「え?」
「いつから怖いと感じるようになった?」
いつから…?
…いつからだろう?
少なくとも年末年始は、怖いとは感じていなかった。
ただあの時は聖也と栗原の2人の姿を見るのが辛くはあったけど。
でも、今のような感情を持ってはなかったはずだ。
じゃあ、いつから?
そう聞かれると、明確な時期は分からない。
新学期が始まってから?
いや、始まったばかりの時はまだ…。
「……あ。」
そうだ。
新学期が始まって、すぐの頃。
俺は栗原の目が怖いと感じた事があった。
そしてその時…。
俺は、昔の夢を見ていた。
それから俺はまともにあの目が見る事が出来なくなっていた。
「新学期…てことは最近じゃないか。」
「そう…なんだけど、あの頃頻繁に昔の夢を見るようになってたんだ。」
「昔の…って、まさか。」
その、まさかだ。
「……海斗、俺、栗原と初めて会った時からお前が重なって見える事があるんだ。」
「えっ?」
重なって、見える…?
「どういう意味?」
「…雰囲気って言うのか、見た目も性格も違うのに、どこかお前たちは似てるんだ。栗原といると、ふとした瞬間に海斗と似てると思う事がある。」
「………。」
それは、どういう事だろう?
似てるって…。
「……………おれ、昔、栗原と会った事が、ある…のか、な。」
―――…和弘、この子はあなたの……………よ。
「…栗原の下の名前って……かずひろ、だったよな。」
「……あぁ。」
……もう悪あがきは出来ないな。
心の中で誰かがそう呟いた。
…あぁ、そうか。
思わず顔を覆ってしまった。
俺は知っていた。
知っていたはずなのに、知らないふりをしてた。
知らないと“思い込ませて”いた。
初めて会った時に“俺”は気づいたじゃないか。
あの時の男の子だ……って。
「……そうだ…。」
「海斗?」
「そうだよ…。俺は…。」
聖也が訝しげな、不思議そうな、心配そうな表情をしているのは分かっていたけど。
思い出してしまった真実を自分の中で消化するのに、まだ時間が必要だった。
栗原は、俺の。
――僕ね、かずひろっていうの!
目、が…。
輝かせたその子の目が、あの男に似ていて…。
――…和弘、この子はあなたの……そうね、弟…よ。
栗原は、俺の、兄、だ…。