3章



Act.29


今でも時々、夢を見る。

母と、父と、俺の実の父親だというあの男の人と。


そして――……。






◇◇◇◇◇◇






朝の教室。
今日はいつもより早くここに着いてしまった。
そんな俺を見て少し驚いた顔をした聖也が近づいてくる。

「海斗。」
「……聖也、はよ。」

昔の事を思い出して、全てを聖也に話した日からかれこれ2週間。
俺は、以前と変わらない生活を送っている。

相変わらず聖也と徹は言い合っていて。
俺は徹にからかわれて。
聖也は過保護で。

ただ。
俺は夢を見る。

それは小さい頃聖也と遊んでいた時の事とか。
母さんと父さんと出掛けたときの事とか。
あとは……。

…あとは……。

「海斗、何か顔色悪くないか?」
「え?そう…?」

最近は夢見が悪かったり良かったりで睡眠時間にむらがある。
昨日はたまたま悪いときで、夜中に飛び起きてから眠れなかった。

まだ感覚が残っている。
石の感触と、何かを殴った感覚。
あれは決して夢ではない。

「……何かあったのか?」

顔を覗きこむ聖也があまりにも心配そうにしているから。
俺はつい自分を作ってしまう。

「や、何も無いよ?」
「……。」

作り笑いには昔から自信がある。
もうずっと何年もそうしてきたから。
ただ、相手もそう何回も騙されてくれるほど単純でもなくて。

「…そんな笑い方するな。」

最近はすぐ見破られてしまう。

「……夢見が悪いだけだから…。」
「夢?」
「うん。こう…まだ昔の事、消化し切れてないからさ。」

消化し切れる日なんてくるのかは疑問だけど。
だって、どう足掻いても自分がしてしまった事は消せない。
過去は、どんなに後悔しても変えられない。
ただ、その事実を抱えて行くしかないんだ。
…もう逃げないって決めたから。

「…海斗。」
「大丈夫だって。」

こうして俺のことを心配してくれる人がいる。
それが、どれだけ心強いものなのか…俺はようやく分かった気がする。

「あ、そういえばさ、聖也。」
「何?」
「俺ずっと気になってたんだけど…。」

俺は少しためらいながら、ちょん、と自分の首筋を指して首を傾げた。

「…海斗?」
「……俺に話したいことがあるって言ってなかった?」
「え?」

いい加減察してくれ…!

「………痕…消えたら話すって…。」

さすがに大きい声では言えなくて、ボソボソ言ってしまったけど…聖也にはしっかり伝わったらしい。
少し目を開きながら「あっ。」とかなんとか言いながらなぜかうっすら赤くなっている。
…なんだその反応?

「…聖也?」
「あ、あぁ。うん、そうだな…。でも…。」
「でも?」
「……最近の海斗の調子が心配で。」
「へ?」
「…自分では気づいてないんだろうけどな、お前結構ひどい顔色してんだぞ?」

やけに心配そうな顔を皆からされるとは思っていたけど。

「…そんなに悪そうに見える?」
「見える。」
「これでも自分では調子いい方なんだけど…。」

誰かが自分を心配してくれている。
その安心感からか、聖也が言うほど調子の悪さを感じてはいない。

「頭と、体で感じているのがちょっとずれてるな…。あんま無理はするな。何かあったらすぐ言えよ。」
「え?あ、あぁ…。今でも無理はしてないぞ?」

それより俺は聖也の話が気になる。
さっきの聖也の反応を見てしまうと更に気になる。

「……あのさ、本当に何かあったらちゃんと聖也に言うよ。だから……。」

そんなに俺のことばかりに気を張らなくても大丈夫。
心配してくれているのは本当に嬉しい。
安心する。
でも、このままじゃいつか聖也の方が壊れてしまう気がする。

「そうか。」
「ありがとな。」

まだ何か言いたそうな顔をしている聖也の後ろから、今度は栗原がひょこっと顔を出した。

「あ…栗原、おはよ。」
「うん。おはよう。」

栗原はそう言うと俺に向かって笑った。
最近、栗原はよく笑顔を見せる。
聖也や徹に言わせると前からそうだったらしいが、俺にはそんなことなかった。
だって、明らかに怯えていたから。
それがいつからだろう。
俺に怯えないどころか笑顔まで見せるようになったのは。

そして、いつからだろう。
俺の方が、栗原に対して“怖い”という感情を持ち始めたのは。

考えれば考えるほど、俺と栗原は昔会ったことがあるような気がするのに、何も思い出せない。
すべてを思い出したと思っていたけれど、そうじゃないのだろうか。

「鈴森君、先生が早く進路希望の紙を出せって言ってたよ。」
「…進路希望…。」
「海斗、出してなかったのか?」
「そういや机の中に入れっぱなしだった。」

担任から渡されたその紙は、俺の机の中に仕舞われている。
誰も気づいていなかったけれど、もらったその瞬間、俺は無意識のうちにその紙をくしゃくしゃに潰していた。

進路希望。
そろそろ真剣に自分の将来のことを考えなくてはいけない。
そのために、来月から三者面談が始まってしまう。

「よー!はよ〜!皆さんお揃いで!」

ばこっと俺の頭を一発叩きながら徹が現れた。

「徹!いい加減俺の頭叩くのやめろって!」
「や、おはよ!海斗!」
「おはよ!じゃなくって!」
「さっき担任がお前探してだぞ〜。」
「げっ!」

俺の抗議を綺麗にスルーして告げられたその言葉はとても厄介なものだった。
とうとうお呼び出しかぁ?

「何やらかしたんだ〜?海斗。」
「…はぁ。進路希望出してないだけだよ。」
「え、まだ出してないのか。」
「出してない。」

出してないというより、出せないと言った方が正しいかもしれない。
自分の将来のことを考えられない。
もちろんそれは俺だけではないだろうけど、でもダメなんだ。

何も、想像できない。

適当に自分のレベルにあった大学をとりあえず書いておこうとか、何も目的はないけどとりあえずここ書いておこうとか、そういう奴も知ってる。
なのに、それすら出来ない。

この時点で自分の将来がすべて決まるわけではないけど、先のことを考えようとするとどうしても思考が止まってしまう。

面談に来るのは、聖也の親だ。
おばさんやおじさんに、心配や迷惑はかけたくないのに。

「とりあえず職員室行って来いよ。そのうち直々にお呼びがかかるぞ。」
「……じゃ、行ってくる。」

3人から離れて歩き出した俺の手は、いつの間にか汗ばんでいた。