2章


すべてを話して、それでも笑ってくれるなら…聖也に気持ちを伝えようと、そう思った。



Act.28


「……え、じゃあ海斗は…おばさんとおじさんの子供じゃ…なかったって事なのか…?」

俺は両親の事、あの男の事…10年前のあのときの事をすべて話した。
当然聖也は驚きの表情を浮かべているわけで。
まぁ驚くなっていう方が間違ってると思う。

「…うん。それは母さんの日記も見たから間違いないと思う。」
「日記?」
「……部屋を片付けてるときに見つけて…。」

そこまで言って、ふと俺は聖也を見上げた。
…なんだか怒りのオーラが出ている気がするんだけど…気のせいか?

「…じゃあ何か?今までそのこと、ずっと俺にさえ言ってなかったって事か?」
「え?」

やっぱり怒ってる!?

「…や、まぁそうなんだけど…。何と言うか…。」
「じゃあ…中学の時…一時期おかしかったのって、それが原因…か?」

なんか鋭いな…?

「う、ん…。あの時は…気が動転してどうしたらいいのか分からなくて…。」
「…どうして何も言わなかったんだよ。」

あの時。
母さんの日記を読んだあの時、始めはただショックだった。
俺は誰なんだろうなんて考えたほど気が動転して。

そして次に考えたのは聖也とおばさんたちの事だった。

みんなはこの事を知っているんだろうか。
知っていたんだろうか?
聞いてみればいい。
もしかしたら詳しい話が聞けるかもしれない。

でも。
でももし知らなかったら?

おばさんとおじさんはどうして俺の面倒を見てくれている?
……母さんと父さんの子供だから?
もしそうだとしたら…。

「……なんか考えれば考えるほどマイナスの方にしかいかなくて…。」
「で?」
「………結局、怖くて…。」

でも言えばよかったな。
だって、今の聖也、ちょーこえぇ。

「海斗お前な、そう思うこと自体が俺や俺の両親に対して失礼だぞ。お前は俺たちを何だと思ってるんだ。たとえ親が誰であっても海斗は海斗だろ?」
「う…ん。そう…そうだよ…な。」

俺がもし聖也の立場だとしたら、ものすごくショックだ。
結局自分はそんな程度の人間としか見られていないようで。
…そうだよな。
俺は、聖也やおばさん、おじさんに…とても申し訳ない事をしている…。

「……ごめん…。ごめん。」
「……いや。俺も言いすぎた。海斗は辛かったんだよな、ずっと…。誰にもいえないくらい、悩んでたんだよな…。気付かなくて、ごめん。」

そんな…。
俺が何も言わなかったんだから、気付かないのは当たり前だ。
むしろ聖也はずっと俺を支えてくれていた。
何も知らないはずの聖也が…それでも何も言わずずっと隣にいてくれたから…。
俺は助けられていたのに。

「…ごめんな、海斗。」
「ううん。せい…聖也は…ずっと俺を支えてくれてた…。俺…俺のそばに…いてくれ…たから…。」

なんだろう。
声が、うまくでない。

「…!海斗。」
「っ…おれは…うれし…かったよ…。せい…や。」

目の前がぼやけてる…。
なんだろう…これ…。

「…海斗。ありがとう。」

聖也の指が、俺の目元に伸びてきて…。
そこで俺は、自分が泣いている事に気付いた。

「…ぁ?なん…で、俺…。」
「…今までずっと、我慢してたからだろ?泣きたいときにも泣けずにいたから…。やっと、泣いてくれたな、海斗。」

優しい声でそんな事を言うから…。
止まらなくなった。

「っ…う、せい…聖也。」
「いいよ海斗。思いっきり泣け。今は何も考えずに……。それで、また明日笑ってくれれば…それでいい。」
「う…うん…。」

そのまま俺の顔を隠すように抱きしめてくれたから…。
俺は思いっきり泣いた。
今までの10年間を埋めるように…。






◇◇◇◇◇◇






「で?」

休みは明けてまた一週間が始まった。
俺はいつもの様に学校に来て、そしていつもの様に……徹に捕まった。

「えぇ〜と……。と、徹にも色々迷惑を掛けて…ごめ…。」
「んやんや、そんな事はいいんだけどさ。」

そ、そんなこと…?
いいのか…?

「海斗が戻ってくれたならそれが一番嬉しいよ。昔の事も思い出したんだろう?」
「え、あ、うん…。」
「じゃああの時の海斗と1つになれたんだな?」
「うん…。」

こくりと頷くと、徹はそれはそれは嬉しそうに笑った。
こっちが照れてしまうくらいに。

「ならいいんだ。…で、その事上原にも話したんだろう?」
「え?」
「昔の事…思い出したって。」
「あ〜…うん…。」

俺はすべてを話して、聖也がそれでも笑ってくれるなら…自分の気持ちを、きちんと伝えようと覚悟を決めたんだ。
気持ちを受け入れてくれなくても…もう自分の気持ちに嘘はつきたくなかったから。

でも。

あの時、不意に涙を流してしまった俺は…10年分の涙を一気に出して、そのまま疲れて寝てしまった。
そして目覚めたら朝で。
聖也はもういなかった。

「………。」
「………。」
「…うん、ま、まぁな、海斗だしな…。」

その慰めは慰めになってない。
俺はこれでも相当覚悟をしていたんだ。
それなのに…。

「タイミングって大切だろう!?勢いとかもあるよな!?もう俺はそれを完全に外したんだよ!」
「そ、そうかもな…?」
「改まって言うとなるとそれはまた相当なエネルギーを使うもんなんだよな!?」
「あ、あぁ…。」
「あ〜〜俺のバカー!」

せっかくこの俺が覚悟を決めたのに!

「……でも俺は、ちょっと安心したな。」
「徹?」

少し笑みを浮かべながら徹は俺を眺めていた。

「俺は海斗が好きだからさ。やっぱり告白されるとなると…ちょっと複雑。」
「あ…。」

そう…だよな。
俺、また無神経な事してる…。

「ご…。」
「謝るなよ?」

残りの『めん』の言葉は言えずに留まった。

「俺は海斗が上原を好きって知ってて…告白したんだ。海斗が謝る必要はないよ。ただ…ちょっと嫌味を言いたくなるだけだから。」

…俺は、なんてコメントをしたらいいんだ?
こういう場合…。

「…そんな悩むなよ〜。ホント可愛いなぁお前は。」
「だ、だから可愛いとか言うなって…!」
「可愛いもんは可愛いんだから仕方ないだろ〜。」

笑いながら俺の頭を撫でるその徹の温もりがいつもと同じで…。
俺はホッとした。

「…だから海斗に軽々しく触るな。」

でもその温もりは聖也の不機嫌な声と同時に離された。
せ、聖也…!
うわ、なんか恥ずかしくて顔が上げられない…!

「なんだよ上原。朝っぱらから機嫌悪いな。」
「…誰のせいだと…。」
「ま、いーけど〜。」
「……その笑いが余計にムカつくんだよ…。」

……で、どうしてこの2人はこう…。

「それより海斗。」
「え、な、何!?」

徹から離れるように俺を教室の隅に連れてくると、顔を覗きこんできた。
確実に心拍数が上がったよ俺…。

「大丈夫だったか?あの後そのまま寝ちゃったから…。」
「う、ううううん。へーきへーき!ご、ごめんな、爆睡しちゃったみたいで…。」

泣きつかれて寝るなんて…俺は子供か!
あぁぁぁ恥ずかしい…。

「いや。元気そうで安心した。……俺さ、海斗に…聞いてほしいことがあったんだ…。」
「え?」

聖也はなにやら緊張しているような…真剣な表情でそう言った。

「な、何?」
「うん…。言おうと思ってたんだけどさ…。」

ゆっくり伸ばしてきた指でそっと触れた場所は、首筋。
そこは、徹が痕をつけた所で…。

「…これが消えたら、話すよ。」

え?

「…消えたら?」
「そう。」

そう言って笑う聖也の顔は、なんだかドキッとするくらい綺麗で格好良くて…。

「…だから、もう神林につけられたりするなよ?」

耳元で囁かれたその言葉に、頷いた。






結局、聖也に気持ちを伝える事はまだ出来そうにないけど。

でも、何かが変わったような気がする、そんな春だった。












2章<完>