2章
Act.27
目の前に“俺”がいる。
過去の記憶と恐怖、憎悪を抱えてずっと俺を護っていたもう1人の自分がいる。
とても安心したような顔で。
「海斗…。よかった、ようやく見つけた。」
「……俺を、探してたのか?」
俺が聞くと、“俺”は意外そうな顔をした。
あぁ…俺とか“俺”とかややこしい…!
「海斗が“俺”を呼んだから。」
「え?」
「声には出してないかもしれないけど…呼んでいたんだよ。」
もう1人の自分。
俺のある意味半身。
俺は、彼を抱えて生きていく力があるだろうか。
今度こそ闇に飲み込まれずにいられるだろうか。
いや。
そうしなければいけない。
でないと、この10年が無駄になる。
……今度こそ、間違えてはいけない。
「……ごめんな。それと、ありがとう。ずっと俺を護っていてくれて。」
「………うん。」
「もう、逃げないから…。壊れないから。ちゃんと…向き合うから…。」
「…うん。」
だから…。
伸ばした俺の手に、“俺”が手を乗せた。
そこに違和感はなく、まるで空気に触れているような奇妙な感覚が俺を襲った。
そして次の瞬間、“俺”は消えた。
「…っ。」
流れ込んでくる莫大な記憶、感情。
これらはすべて、俺が恐れて一度手放してしまったものだ。
曖昧だったものが明確な形になっていく。
自分の感覚になっていく。
「ぁっ…あ。」
胸が痛い。
苦しい。
「―ぅ…っ。」
でも、壊れるわけにはいかない。
そんな自分と戦っているとき、不意に声が聞こえた。
『…海斗、大丈夫だ。何も心配する事はない。たとえ昔…10年前に何があったのだとしても、俺は海斗を守るって決めたんだ。』
―…。
『俺は…俺だけは、絶対に何があってもお前を嫌いにはならないし、離れない。たとえお前が俺のことを嫌いになっても…。』
せいや?
聖也だ。
聖也の声が…聞こえる。
『俺はずっと、傍にいる。だから……戻ってこい。悲しみも何もかも受け止めて…1つになって戻ってこい。』
“戻ってこい。”
その一言は俺の心に優しく広がった。
『おれたちはずっと一緒だよ。』
『……ほんとう?』
『ホント。おれはずっと傍にいる。だから…。』
『…だから?』
『だから……海斗も、ずっとおれのそばにいろよ。………約束だ。』
いつかの約束が心に響いてきた。
そうだ。
俺は聖也と約束した。
それはずっと…ずっと“俺”にとっての支えだった―…。
少しずつ、少しずつ、俺と“俺”が1つになっていく。
でももう、不安はない。
大丈夫…大丈夫だ…。
闇の中で、1つの光を見つけた気がした。
◇◇◇◇◇◇
目が覚めた。
なんだか随分寝ていたような気がする。
そして、欠けてたものが戻ってきたからなのか…久しぶりに満たされたような感覚だ。
「…海斗。」
でも実際はそんなに長く眠っていたわけではなくて、俺はまだ聖也の腕の中にいた。
「………聖也。」
聖也の顔を仰ぎ見ると、驚いたような表情をした後、嬉しそうに笑った。
そして気付いた。
聖也の笑った顔をみるのは、久しぶりだ…。
「おかえり、海斗。」
「…た、だいま…。」
そのまま俺の頭を自分の胸に押さえつけるから、満足に呼吸ができなくなった。
ギュウギュウ俺を抱きしめる聖也の腕をべしべし叩くと、しばらくしてから少し力を抜いてくれた。
ほっと息をついてから、改めて聖也を見る。
聖也に聞いてもらいたいことが沢山ある。
すべてを知っていて欲しい。
そして、すべてを話さなければいけない。
「…聖也。聞いてくれる?」
無意識のうちに握っていたタンポポを、聖也はそっと俺の手から抜き取ると、頷いた。
「海斗が話してくれるなら…聞くよ。」
思わず赤面してしまうような、綺麗な笑顔で。
◇◇◇◇◇◇
「……死んだ?」
目を丸くしてそう呟く海斗に、俺はその時胸が潰されるような感覚を初めて味わった。
勢いよくベッドから起き上がる海斗に母さんは慌てて寝ていなさい、と宥めた。
違和感を感じたのはその時。
海斗はとても驚いた顔をしていたし、悲しそうな目をしていたのに。
何かおかしいと思った。
「……なんで、おれはここにいるの?…来週、お母さんとお父さんと…お出かけするって…。」
目が覚めて、突然親とはもう会えないなんて言われた海斗が、その事実をすんなり信じるはずもなく。
何度も何度も首を振っていた。
「ねぇ…ウソだよね…?聖也…。」
ぎゅっと俺の服の裾を掴む海斗に、なんて答えたらいいのか分からなかった。
2度も海斗に同じ悲しみを与える事になってしまった。
それが、悲しくて、悔しくて。
それから海斗は退院し、家に帰って呆然としていた。
そこには海斗が望んだ姿はなく、代わりに2つの写真が置いてあったから。
「…海斗。」
「……聖也…本とうに…もうあえないんだね…。お母さんと…お父さん…に。」
声も体も震えていて…。
俺は海斗が泣いていると思っていたんだ。
「海斗…。」
そして振り返った海斗を見て、感じていた違和感の正体を知った。
海斗は泣いていなかった。
葬式であんなに泣いていた海斗が、泣いていなかったんだ。
俺は海斗の何かが欠けてしまったんだと、幼いながらにうっすらと気付いた。
でも、そう分かっていても、自分からは何も聞けなかった。
今度こそ壊れてしまうかもしれない。
また、笑ってくれなくなるかもしれない。
それが怖くて、俺は自分から行動する事が出来なかった。
だから、その代わりに護ろうと決めた。
いつか海斗が自分から話してくれるようになるまで…いや、それからも、俺は海斗を護ると、誓ったんだ。
『おれたちはずっと一緒だ。』
海斗がその約束を忘れてしまっても…俺はずっと覚えてる。
俺は絶対に、海斗から離れない。
たとえ、何があっても。