2章
Act.26
「…何笑ってんだよ。とにかく“俺”は海斗が壊れなくなるまでずっと海斗の中で守っていくつもりだったんだ。」
「壊れる?守る?」
つい、ホントについポロリと核心に近い言葉を零してしまった。
そして徹がそれにくいついてこない筈がなく。
「どういうことだよ?昔海斗は壊れたのか?お前は海斗を守ってたのか?」
「……。」
あ〜…。
しまった厄介な事に。
「…それに、今お前が出てきてるって事は、海斗は…。」
「……。」
何を言っても言葉を返さない“俺”に、徹は焦れたように体を乗り出してきた。
「なぁ、俺は今までそんなに昔の事に首を突っ込んでこなかったけど、海斗が心配なんだよ。」
「……。」
それは…うん。
徹の顔を見てればなんとなく伝わってくる。
でも…。
「……。」
頑として口を開かない“俺”に諦めたのか、徹はため息をついてベッドに腰掛けた。
ギシ、と音を立ててベッドが揺れる。
しばらくそのまま2人とも無言だったが、不意に徹が話し始めた。
「あの時…笑った…だろう?」
「え?」
突然疑問系で、しかも指してる事がなにかさっぱり分からない。
思わず声を上げてしまったが、“俺”と徹の接点なんてあの時くらいしかなくて。
「…中学の時の話?」
「……海斗にしては読みが鋭いな。」
馬鹿にしてるのか?
「ま、それはともかくあの時、俺の話を最後まで黙って聞いてくれただろう?それでお前は不意に笑った。いや、微笑んだって言ったほうがしっくりくるかな…。俺のあの話のどこにそんな綺麗に微笑む要素があったのか未だに分からないけど…でも……嬉しかった。」
「…嬉し…かった?」
「そう。それまでまるで人形のように全く表情が動かなかったのに、俺の話を聞いて微笑んだ。俺にも、誰かを動かせる事が出来るんだと思ったら、すごく嬉しかったんだ。」
少し照れくさそうに徹は笑うと、すっと手を差し出してきた。
彼の意図が分からず、黙ったままその手を見つめていると今度はそれを反対の手で俺から見えないように隠してしまった。
「……?」
「人の笑う顔、喜ぶ顔が見たくて…俺は手品を始めたんだ。」
徹が隠していた手をぱっと動かすと、何も持っていなかったはずの手にタンポポが乗っていた。
思わず目を見開いた“俺”にそれを渡すと、徹は得意げに笑った。
…というか何故タンポポ…?
いやまぁ季節的には今の時期だけど。
「たまたま見てたテレビで手品やっててさ。それ見てすげーって思った。始めはお遊びみたいにやってたんだけど、いつの間にかすっかりはまっちゃって。」
そうか。
やっぱり将来の夢=手品師は本気だったんだな。
「…俺に、色んなこと教えてくれたのは海斗でさ。だからこそ海斗には……いつも笑っていてほしい。」
「……。」
海斗。
今、海斗はどこにいるんだろう。
「……海斗が誰を好きでも構わない。でも忘れるな。海斗を想っている奴は沢山いる。」
「…徹…。」
「だから今度こそ逃げるな。……お前もだ、上原。」
え?
「いるんだろ、そこに。こそこそ隠れてないで出てこい。」
徹がドアに向かってそう言ったと思ったら、元々少し開きっぱなしだったドアがすっと開いた。
「…聖也…。」
そして入ってきたのは確かにさっき出て行ったはずの聖也で。
すこし気まずそうな、不機嫌そうな顔をしていた。
「上原が俺と海斗のことで何か勘違いしてるのは薄々気付いてたけどまさかこんな事になるとはな。意外と切れやすいんだな、上原。」
なんだか…海斗と聖也の間で起こった出来事を全て知っているような口調だな…?
そんな事を思ってると、それを読んだかのように言葉を続けた。
ニヤリという表現がぴったりな顔をして。
「お前ら声でかすぎなんだよ。ここの壁結構薄いんだからさ、少しは加減して話せよ。」
え、て事は…全部丸聞こえだったって…事?
じゃあ徹は始めから何があったのか知ってたんじゃないか!
「ホント、上原も海斗も鈍い上に臆病者なんだから。なんか俺が馬鹿みたいじゃないか。」
話しているうちにイライラしてきたらしい。
徹はチッと舌打ちすると、勢いよくベッドから立ち上がった。
「とにかく海斗に笑顔が戻るまでお前ら部屋から出てくるな。」
そんなむちゃくちゃな事を言って部屋を出て行こうとするから、“俺”は慌ててお礼を言った。
「と、徹、ありがとう。」
「ん?別にいいけど…。ま、でもそうだな。………海斗、もう一度キスさせろ。」
「……は?」
真剣な顔でそう言い切ってぐいっと顔を近づけてきた。
あまりにも突然で動けなかった“俺”は、もう少しで触れる、という絶妙なタイミングで突然腕を後ろに引かれた。
腕を掴んでいるのは聖也だ。
「うわっ。」
「…邪魔すんな上原。」
「……俺の目の前でさせるか。」
“俺”を挟んで2人が火花を散らしている。
な、なんか怖い…。
「…ま、今回はしょうがないか。海斗、また今度な。」
「へ?」
いつか見た挑発的な笑顔を残して、こんどこそ徹は部屋を出て行った。
そして、部屋に訪れたのは当然沈黙だ。
「……。」
「……。」
徹…この状況をどうしろと…。
頭を抱えたくなったとき、聖也が不機嫌丸出しの声で呟いた。
「…少しは拒めよ。」
「え?」
聖也のほうに顔を向けると、明らかに怒っていた。
「あんな無防備にしてるからキスされたりするんだろうが。すこしは警戒心を持て。」
「…。」
無防備…?
てか今更徹に警戒心を持てと言われても…。
海斗は徹に対して信頼感をかなり高めてるから、警戒心を持てといわれてすぐに持てるものではないだろう。
困った事に。
「……海斗、悪かったな。」
聖也は不意に“俺”の頭をがしがし撫でながら謝罪した。
「さっきの話、ほとんど全部聞いてた。」
「……。」
「…昔の事は、俺もよく覚えてる。海斗までおばさんたちといなくなってしまいそうで、怖かった…。」
だから。
正直ほっとしたんだ。
とても苦しそうな顔で…つらそうな声でそう言うと、きゅっと“俺”を腕の中に閉じ込めた。
「でも、そのせいで…海斗は忘れてしまったせいで、ずっと苦しんでたんだな。」
あぁやっぱり…。
聖也はその事を気にしている。
自分の一言のせいで起こってしまった事だと気付いている。
「…海斗、大丈夫だ。何も心配する事はない。たとえ昔…10年前に何があったのだとしても、俺は海斗を守るって決めたんだ。」
―――…。
「俺は…俺だけは、絶対に何があってもお前を嫌いにはならないし、離れない。たとえお前が俺のことを嫌いになっても…。」
――せいや?
…声が、聞こえる。
「俺はずっと、傍にいる。だから……戻ってこい。悲しみも何もかも受け止めて…1つになって戻ってこい。」
だんだん、意識が沈んでいくのが分かった。
この感覚は覚えがある。
海斗が……出てくる。
――ごめん。ごめんな。
「海斗…俺は………。」
聖也の声を最後まで聞くことなく、暗闇の中に意識は沈んでいった。
◇◇◇◇◇◇
自分が今まで泣けなかった理由。
両親が死んだときの記憶が何も残っていなかった理由。
どうしても聖也に対して一歩が出せなかった理由。
色々考えていたけど、やっとすべてがつながった。
自分が昔、何をしてしまったのか…ようやく全てが分かった。
分かったけど、どうすればいいんだろう。
10年…。
10年だ。
俺は10年間、何も知らずに過ごしてきて、自分1人が被害者みたいに怖がって。
結局何もかもから逃げて…。
『海斗は逃げてばっかだ。』
いつかの徹の言葉が聞こえてくるみたいだ。
状況を忘れて思わず笑みを零したとき。
「海斗。」
名前を呼ばれて顔を上げた俺の目の前に“俺”が立っていた。