2章
Act.25
「こんな小さな子に何を聞くって言うんですか!」
「ですが、まだ犯人も凶器も見つかってませんし。ただ唯一の目撃者なんです。」
「だからって…!」
声が聞こえて、海斗は目を覚ました。
白い天井。
前もどこかで見たような気がする…。
………。
そうか、病院だ。
「あ、海斗!」
そしてやっぱりいつかのように聖也がいて。
「海斗君!よかった…。大丈夫?どこも痛くない?」
そう言って海斗を覗き込んでくるのは聖也のおばさんで。
瞬きをした海斗の頭を優しく撫でた。
「……あの…男の人…は…。」
父親だといっていた。
「…大丈夫よ。命に別状は…あ、生きてるわ。さっき目が覚めたって。だから、大丈夫よ。」
生きてる…。
そう聞いて海斗の体から本当に力が抜けた。
怖かったんだ。
本当に。
「海斗君だね?」
すると突然見知らぬスーツ姿の男が話しかけてきた。
よく見ると2人いて、1人は手帳を持っている。
「…だから、止めてください。今この子はただでさえ両親を亡くして心に傷を負ってるんです!」
「しかしですね、こちらとしましても早急に犯人を見つけ出さないと…。また同じような事が起こってからじゃ遅いんです。」
……犯人?
「海斗君。あの男の人が頭を殴られたとき、その場にいたのは君だけなんだ。突然後ろから、知らない男に頭を殴られたと言っている。そして君がその瞬間を目撃していたと。」
知らない男の人に突然殴られた…?
「何か、覚えてる事はないかい?」
だって、あの人を殴ったのは自分で…。
それは海斗とあの男の人が一番よく分かっているのに。
「何でもいいんだ。何か聞いたとか、何か見たとか。」
あの人を殴ったのは、自分なのに…。
「ぼ、僕が…。」
海斗はちゃんと言わなきゃいけないと思った。
自分のしたことを。
「い…石。血…がついて…。」
でも、そのときの事を思い出すとまた体が震えてきて…。
歯ががちがち鳴ってしまう。
言葉も上手く出せなくて。
途切れ途切れに言ったその言葉で、2人は凶器が石であるということだけを理解した。
「海斗君。無理しなくていいの。もう大丈夫だから。」
あばさんはそう言って微笑んでくれるけど、そうじゃなくて。
「ありがとうございました。ご協力感謝します。」
でもそれ以上言う事が出来なくて。
警察と思わしき2人は出て行ってしまった。
何が何だか分からないうちに、海斗はまた眠りの世界に引き込まれていった。
頭の整理が出来ないまま両親の葬式が始まった。
海斗は何もしていないが、妙に疲労感を感じている。
それと同時に何か重いものが心に圧し掛かっている。
「海斗…。」
いつの間にか涙を流していた海斗の手を聖也がきゅっと握った。
今の海斗にとって、その温もりだけが救いだった。
葬式が進んでいけば進んでいくほど、2人は死んだんだと突きつけられる。
もう会えないんだと嫌でも思い知らされる。
そしてそれと同時にあの男の事が思い起こされる。
あのお墓に海斗をつれてきて結局何がしたかったのか。
分からないまま2人とも病院に運ばれて…。
もう少しで自分があの人を殺してしまうところだった。
その事に、今更ながら再び恐怖が湧いてきた。
血のついた石。
動かない体。
そして現われた女の人と、男の子。
自分の事を弟だと言っていて…。
海斗が彼の手を拒絶した時の傷ついたような顔がふいに思い出される。
おとうさん、と言って駆けてきた男の子。
その“おとうさん”を自分は殺そうとしていた…。
「――っっ!!」
そうだ。
確かにあの時殺意を感じていた。
あの男に、明確な憎悪を持っていた。
もちろんその時の海斗が殺意や憎悪なんてものを理解していたとは思えないが、その負の感情に恐怖を感じていた。
自分の中にある、その暗い感情に。
怖い。
いつまたその感情が出てくるのか分からなくて、怖い。
そしてその時の海斗には頼るべき、頼れるべき大人…親がいなかったため、1人で戦うしかなかった。
葬式が終わって、暫く経っても、海斗の涙は止まらなかった。
そして段々海斗から表情が消えていった。
まだ幼い海斗にすべてを受け入れるだけの強さはなくて。
「…海斗、海斗…。」
そう言って揺さぶってくる聖也にも次第に反応を返す事がなくなっていた。
その事に焦りを感じたのは聖也だ。
このまま壊れていく気がした。
海斗の笑顔が、見られなくなる気がした。
「…海斗、かい…と。」
「………。」
そして聖也は口にした。
「…笑ってよ…海斗。」
そしてその時、海斗の中に“何か”が生まれた。
――どうして泣いてるの?
「……海斗。何があったのか分からないけど…わすれて。」
――わすれる…?
「おねがい…。わすれれば、海斗は元にもどるんでしょう?」
――もとに…もどる?
「また…笑ってくれるんでしょう?」
――泣いている声を聞いてると、むねが苦しくなる…おねがい、泣かないで。
「おねがい……わすれて…。」
――それで、君が泣かないでいてくれるなら…。“おれ”はわすれるよ。ずっと、おれの中で…。“
何かがそう海斗の中で呟いていた。
その声を聞きながら、海斗はまた、眠りの世界へと入っていった。
そして目覚めたのは次の朝。
何をしても目を覚まさなかった海斗は再び病院に運ばれていた。
「海斗君…。おはよう。」
何だか疲れた顔をしている聖也のおばさんを見て海斗が放った一言は、これだった。
「ねぇ…お母さんとお父さんは…?どうして俺…病院にいるの?」
今までずっと“僕”だったのに“俺”と呼ぶようになった海斗。
そして妙に大人びてしまった海斗。
これが、海斗が経験した事に対する結果だった。
◇◇◇◇◇◇
「徹、お前鋭すぎだよ。」
思わずため息が出てしまった。
そこまで感づかれてるんじゃ誤魔化しようがない。
「やっぱり…そうなのか?」
「うん。」
もうここまで来たら適当に言いつくろう事もできない。
……いや、したくない。
「…“俺”は…昔、海斗が湧き上がらせてしまった負の感情から出来た人格。海斗の一部だよ。」
「…二重人格?」
瞬きをしながらそう首をかしげる徹に、ちょっと言葉がつまった。
「それとは…微妙に違うかな…。いや、違くはない…かな?」
煮え切らない返事に、徹は少し笑みを零した。