2章



Act.20


「いいから座れ。海斗。」
「え?いや、だから電気…。」
「座れ。」

そして俺は悲しい事に聖也の言う事に従ってしまう。
隣にちょこんと座ると聖也は俺の腕を掴んできた。
まるで逃がさないというように。

「今までどこ行ってた。」
「どこって……徹のとこ…だけど。」
「酒臭い。」
「そりゃ多少飲んできたしな。」

それより腕が痛い。

「…聖也…腕…。」

触れられてちょっと嬉しいとか、そういうもの以上にその痛いほどの力が怖い。
何が怖いんだろう。
相手は聖也なのに。

とにかく腕を放してもらおうと軽く振ってみたけどそれは逆効果だった。

「…俺に触られるのがそんなに嫌なのか?」
「へ?」

なんでそうなるんだ?

「違うって…。」
「……この前も俺を怖がってたじゃねぇか…。」

この前?この前っていつだ?
……やばい。
心当たりがありすぎる…。

「……神林には…無防備に触られてるくせに…。」

驚いた。
何に驚いたって、聖也がそんなことを言った事に驚いた。
そして徹の名前が出た事にも。

「なん……。」
「……海斗…。」

そう呟いて俺に近づいてくる聖也の動きがふと止まった。
その視線は首辺りに向いている。

「…何?」

無言のまま伸ばしてきた指が、ある1点に触れた。
そうして初めてその指が震えている事に気がついた。

「どうし…。」
「……今までずっと、神林の所に…いたんだよな…?」

俺の言葉を遮ってそう聞いてくる聖也の声も、微かに震えているように感じる。

「そ…うだけど…。」

戸惑いながらも俺がそう答えると、聖也の顔が強張った。

「…あいつと…付き合ってるのか?」

………え?

「な…んで?付き合って…ない…。」

高橋に聞かれた時は多少戸惑いながらもはっきり答えられたのに、聖也が相手だと頭が働かない。
“付き合う”という言葉が好きな相手の口から出るだけで、どうしてこんなに混乱するんだろう。
俺の途切れ途切れのその返答を、ばれた事に対する怯えととったのか、聖也は信じてくれなかった。

「海斗、本当の事言ってくれ。」
「…嘘なんて…言ってない。」

何故か俺と徹が付き合っていると思い込んでいる。

「……じゃあ、海斗は…ただの友達とキスしたり、こんな痕をつけられるようなことを…するのか?」
「えっ?」

驚いたように目を見開くと、聖也は更に眉を顰めた。

「昨日見たんだよ。神林と海斗がキスしてたの…。」

それって、あの桜の木の場所での事…だよな?
あの時聖也もいたのか?

「それにこの痕…どう見ても…。」

そう言われてようやく思い出した。
さっき徹が、俺の首に…。

「っ!?」

思わずその場所を手で隠したが、当然遅すぎる。
どうしてすっかり忘れてたかな俺!
よりにもよって聖也に見られるなんて…。

「ちが…。徹とは…。」

何もない、と言おうとして開いた口に何かが触れた。

……唇、だ。
聖也の…。

「…え?」

何が起こったのか理解する前にそれは離れていった。
ただ触れるだけの…き、す?

「…せい、や?」

俺の勘違いではなければ今のこれはキスだよな?
え、どうしておれに…?
なんでこんなこと…。

最高に混乱していた俺は、はっと気がついたときは聖也に押し倒されていた。

な、なんで!?

驚きすぎて声も出ない俺に構わず聖也は上から体を押さえつけてくる。
ただ無言で、両手をベッドに押さえつけて。

な、なになになに!?
徹といい聖也といい、昨日から色んなことが起こりすぎてもうパンク状態だよ…!!

「……。」

そんな俺の心の叫びなんて聞こえるはずもなく。
わたわたしているうちに両手を頭の上に纏められてしまった。
同じ男なのにびくともしない。
この力の差はなんなんだろう。

「せ、いやっ。」
「……神林とだって、してるんだろう?」

ようやく話したと思ったらまたそんなわけの分からない事を…!
徹が何だって?

「何のこと…っ。」
「……とぼけんなよ…。」

肝心な事は何も言わず、俺の両手を片手で押さえたまま器用に服を脱がしていく。
……服を脱がして…?

「…聖也…なにして…。」

この状態になってようやく、聖也が何をしようとしているのかが、分かった。
分かったけど、分かったからこそ、余計に混乱してきた。

どうしてこんなことになってるんだ?
どうして聖也が俺にこんなことしてるんだ?

……どうして俺は…。

「……や、まって、聖也っ!」

こわい。
何が怖い?
どうして怖がる必要がある?
だって相手は聖也だ。
少なくとも俺はずっと彼のことが好きで、ずっと見てきたじゃないか。
今更何を怖がる必要がある?

……違う。
怖いのは聖也じゃなくて…。
――聖也じゃ、なく…て…。






『君の両親の事はよく知ってるよ。…お母さんとお父さんのこと、知りたくはないかい?』
『……おかあさんと、おとうさん…。』
『知りたくない?』
『…ふたりとも…もう動かないの…。もう、話せないんだって…。』
『そうだね。』
『どうして…?』
『おいで。君が知りたい真実を教えてあげよう。』






暗闇の中、見える光は月の輝き。
俺に触れるのは上から見下ろしてくる圧倒的な強い力。
押しても押してもびくともしない。
怖くて怖くて声も出なくて。

今、目の前にいるのは、だれ?






「―――――――っ!!」






心の奥に仕舞っていた何かが溢れてくる音がした。






“――まずい!”






そして最後に聞いたのは、俺の中で誰かが叫んだその声だった。