2章
Act.17
「聖也の過保護説は結構広まってるんだな…。」
教室に戻ってきた後、予想外に何も追及してこなかった聖也に安堵し、さっき高橋から聞いた話を話した。
それを聞いた徹はいつも通りなぜか爆笑し、聖也は意味が分からないという風に眉を上げた。
傍にいた栗原は…どんな表情をしているのかは見ていないから分からない。
そういえば有川は新学期が始まってすぐにまた来なくなった。
今回はどうやらすぐに帰ってくるらしいがやっぱりいなくなると寂しい。
「どこからそんな話聞いてきたんだ?」
どこか不機嫌そうな顔をしている聖也をちらりと見ながら、高橋の事を話した。
「偶然会ったんだよ。覚えてる?高橋要って。昨年日向先輩と噂になってた…。」
「あっ。あの高嶺の花と言われている高橋要?」
徹が驚いたように言ったその言葉に驚いた。
…高嶺の花?
「…なんだそれ。」
「“遠くから見るだけで、手に入れることのできないもの、あこがれるだけで、自分にはほど遠いもののたとえ。”」
「だから意味を聞いてるわけじゃなくて…。」
「なんだ知らないのか?高橋要って綺麗な顔してるだろ?だからお友達になりたいって思ってる奴は沢山いるけどあの何を考えてるか分からない、近寄りがたいオーラに阻まれてなかなか話しかけられないって。だから高嶺の花だとか言われてんだよ。」
何を考えてるか分からない?
近寄りがたいオーラ?
「そんな事全然なかったけど。」
「…ま。海斗はそういう奴だよな。」
「………なんか馬鹿にしてる?」
「何でそうなるんだよ。」
あきれたように徹がため息をついたとき、タイミングを見計らったかのように教室内が騒がしくなった。
なんだと思うより早く、何故か誰からともなく俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
「お呼びだぞ〜鈴森。」
「…俺?」
不思議に思いながらドアのほうを見てみると、そこにはついさっきまで話していた高橋がいた。
「なんか悪かったな。うちのクラスの奴ら、あーいう事には団結力を発揮するから。」
2人でさっきの桜の木への通路を歩きながら俺はまず高橋に謝った。
何があったって、あの後俺が高橋の近くに寄ったとたん教室内はしーんと静まって視線が明らかに俺たち2人に向けられた。
なにを考えてるのか、ちょっと笑みを浮かべてる奴らもいて。
それでも高橋は全く気にならない様子で
「渡さなきゃいけないものがあって…。」
とポケットに手を突っ込んだ。
その瞬間の教室内のどよめきにとうとう俺が耐えられなくなって高橋の腕を掴んでここまで引っ張ってきた。
あぁ…この後教室に戻るのが嫌だ。
「いえ…。俺の方こそいきなり行ってすみませんでした。ただ、さっきここで携帯拾ったんです。多分鈴森先輩のだと思って。」
「え?携帯?」
そんな馬鹿な、と思いながらポケットを探ってみるけどそこには何もなかった。
「うわ、ありがとう。ぜんっぜん気付かなかった!」
ありがたく高橋の手から携帯を頂戴すると、なぜか高橋は笑った。
それはつい我慢していたものが噴出した、というような感じで。
「…何だよ?」
つくづく俺はいろんな奴から笑われるな、とちょっと腑に落ちない気持ちでいると申し訳なさそうに高橋は頭を下げた。
…相変わらず笑ってはいるけど。
「す、すみません…。なんか鈴森先輩の周りは楽しそうですね。」
…それは素直に喜んでいい言葉なのか、ちょっと馬鹿にされてるのか…。
そんな俺の心の声が聞こえたかのように高橋は付け加えた。
「あ、悪い意味じゃないですよ。本当に純粋にそう思ったんです。」
「…とりあえずありがとうと言っておくよ…。」
携帯をパコパコやりながらそう言うと、高橋は思い出したように爆弾発言をした。
「鈴森先輩はあの茶髪の先輩と付き合ってるんですか?」
てっきり上原先輩と付き合ってると思ってたんですけど。
躊躇うことなくそう言う高橋を見ながら、俺は考えた。
茶髪…茶髪?
俺の周りに茶髪の奴はいない。
あえて言うなら徹がちょっと茶色っぽくなったけど…。
あぁでも確かに外の日を浴びてると茶髪に見えなくもない。
で、その徹と俺が何だって?
………。
「はぁぁ?いやいやいやいや。あいつと俺は友達だけど??」
その結論に達するまでやけに時間がかかってしまった。
というよりどうしてそういう発想がでてくるんだ??
「え?そうなんですか?だって…。」
そこまで言って、ふと高橋は口を閉ざした。
何かを一生懸命思い出そうとしてるみたいだけど、あまりそれが表情に出てないのがちょっと笑える。
俺はすぐ顔に出るらしいから羨ましくもある。
「…いえ。今のは忘れてください。俺の勘違いです。」
「うん?なんかよく分かんないけど…。」
「………そうか。鈴森先輩は鋭いけど、自分の事となると途端に鈍感になるんですね。」
なんか最近そんなことばっかり言われてるよ、俺。
とりあえず用事はそれだけです、とあっさり教室に帰っていった高橋を見送りながら、俺は何かが引っかかっていた。
どうして高橋は急にあんな事を言ったんだろう?
室内ではあまり明るく染めたように見えない徹をはっきりと茶髪の人、と言い切ったから高橋は外で徹を見たんだろう。
さっき携帯を…拾った…。
茶髪…。
……俺と付き合ってる??
何かが分かりそうで分からない。
モヤモヤしたまま俺も教室へ足を向けた。
「お、やっと帰ってきた。鈴森、高橋要はなんの用事だったんだ?」
帰った途端質問攻めにあった。
どうやら高橋が高嶺の花と言われていることは本当らしい。
あいつも色々大変なんだなぁ…。
「別に。携帯拾ってくれたみたいで。届けに来てくれただけだよ。」
俺の言葉にあからさまに興味を失くしていく様が見てて面白い。
一体何を期待していたんだお前らは。
「携帯落としたことに気付いてなかったのか?海斗。」
「全く。」
「相変わらず抜けてんなぁ。」
「うるさい。徹だって財布落としたことに気付いてなかったじゃねーか。」
「いつの話だよ。」
お互いに小突きあいながらそんな軽口を叩いていると、さっきの高橋の言葉が頭に響いてきた。
『鈴森先輩はあの茶髪の先輩と付き合ってるんですか?』
ぴたりと動きを止めた俺につられて徹も中途半端な位置で手が止まった。
そして訝しげな表情で俺の顔を覗いてきた。
「…っ。」
意図せずに息を呑んだその俺の反応に、徹は一瞬驚いた顔をしたけどすぐに今度は唇の端を軽く上げるような、いたずらが見つかった子供のような笑みを浮かべた。
「……!」
それを見て、分かってしまった。
徹だ。
さっきの、あのキスは、徹だ。
高橋はきっとその場面を見ていたからさっきあんな事を言ってきたんだ。
でも、何で?
どうして徹が俺に?
「…なんで…?」
小さい声で呟いたその言葉に、徹ははっきりと答えた。
「海斗が思い出したら、きっと分かるよ。」
思い出すって、何を?
俺の頭を軽く撫でるように触れていくと、徹はそのまま席に戻っていった。
俺はしばらく呆然としていた。
◇◇◇◇◇◇
『海斗、海斗。』
誰かが名まえを呼んでる…。
だれ…?
どうしてそんな悲しそうな声で…なんどもなんどもおれを呼ぶの?
『…笑ってよ…海斗。』
どうして泣いてるの?
『……海斗。何があったのか分からないけど…わすれて。』
わすれる…?
『おねがい…。わすれれば、海斗は元にもどるんでしょう?』
もとに…もどる?
『また…笑ってくれるんでしょう?』
……なぜか、泣いているこの子の声を聞いてると、むねが苦しくなる。
おねがい、泣かないで。
『おねがい……わすれて…。』
それで、君が泣かないでいてくれるなら―――…。
“おれ”はわすれるよ。
ずっと、おれの中で…。