2章
Act.15
3年になった。
「…この学校は、1年ごとにクラス替えがあるんだよ…なぁ?」
「理系とか特進でない限りな。」
「だよなぁ…。」
俺が何故こんな事を呟いているのか。
察しのいい奴ならもう気付いているだろう。
「俺はまた海斗と同じクラスで嬉し〜けどな〜。」
「徹とは部活も同じだから本当に1日中一緒にいる事になるな。」
毎年3年が卒業し新入生が入ってくるまでの間、校舎の廊下に新学期のクラス割りが貼られることになっている。
数日前に卒業式を終え、全体の3分の1の生徒がいなくなった学校の廊下には今年もその紙が貼り出されていた。
一応野球部に所属している俺と徹は部活が終わった後、忘れ物をしたという部活仲間を待っている間それを見ていた。
そしてその後の第一声がさっきのあれだ。
「まさか皆3年間同じクラスになるとはなー…。」
聖也、有川も同じクラスになのは本当に驚く。
もちろん時期外れの転校生、栗原もだ。
ここまでくるとなにか意図的なものを感じる…。
「上原も同じクラスか…。」
ポツリと呟いた徹の声は俺の耳にしっかりと入ってきた。
…あまり嬉しそうに感じない声質だ…。
徹と聖也は“あの日”以来何故かほぼ毎日ぶつかり合っている。
それも静かに火花を散らしてチクチクと言い合っているだけだ。
周りの俺たちは何故か逃げたくても逃げられない。
…いや、違うな。
実際そう思っているのは俺だけで有川はむしろ楽しんでいる。
栗原は…なんというか、複雑な目をしたまま今の状況を達観しているように感じる。
最近妙に栗原が落ち着いているように見えるのも不思議だ。
…とにかく。
徹と聖也は正面からぶつかって殴り合ってでもくれたほうがスカッとするんだけどなぁ。
まぁ、実際そうなったらなったで俺はあたふたするだけだろうけど。
「あれっ?そういや上原って首席入学してなかったか?」
ふと思い出したように徹がそう聞いてきた。
「あ、そうそう。直前に志望校変えたくせにちゃっかり首席だったんだよあいつ!」
「……なんで特進に入らなかったんだ?」
「あ〜…なんか、特進に入ったって意味ないとか言ってたけど…。ホントの理由は知らないな…。」
単に面倒臭かったという理由もありそうだけど。
「…………本当にあいつは海斗を中心に生きてきてんだな…。」
「ん?徹なんか言った?」
「いや、変な奴だなと。」
「だよな〜。俺もそう思う。徹にまで言われるようじゃ聖也も終わりだな〜。」
「……海斗も言うようになったな…。」
徹に鍛えられたからな。
◇◇◇◇◇◇
「…三者面談…。」
「どうした鈴森。」
「あ、いえ…何でもないです。」
新しい学年の新しいクラス。
でもほとんど変わらないように感じるのは主要なメンバーと担任が変わらなかったせいだろう。
相変わらずいい筋肉を持った古典兼担任は新学期早々三者面談のプリントを配ってきた。
三者面談。
教師・生徒・保護者の3者が進学・就職について相談を行うこと。
まぁそんな事は分かっている。
でも俺はこれが苦手だ。
何故って。
俺の保護者として学校に来るのは聖也の親だから。
別に不満があるわけじゃない。
むしろこれ以上はいないと思ってる。
でも。
「てか海斗の保護者って聖也じゃね?」
「………は?」
ふと誰かが冗談で漏らしたその言葉は意外にもクラス全員の耳に入っていて。
「はははは!確かに〜!」
「じゃあ鈴森は初!生徒2人と教師1人の三者面談になるわけか〜!」
「なんだそりゃ。」
どうやら聖也の過保護説はあちらこちらに広まっているらしい。
「ま、ホントのことだしなぁ?上原?」
「…お前もしつこいな、神林。」
「俺の希望も入ってるからな。」
わ、またなんか始まった。
「ったく、静かにしろ!他人の事より自分の心配をしろお前ら。今年1年は本当に大変な年になるから覚悟しとけよ。」
教師らしい事を言うと満足したのか、今日のホームルームはこれで終わった。
三者面談か。
もし、俺の両親が生きていたら…当然母さんが来てたんだろうな。
そんな事めったに思わないけどこういうふとした瞬間に頭に浮かぶ時がある。
考えても仕方ないことだけど、やっぱりどうしようもなく考えてしまう時がある。
でも俺は、自分の信じた道を進むだけだ。
だって、言われたから。
いつ言われたのかは覚えていないけどすごく切なかった事だけは覚えてる。
母さんは言っていた。
“あなたは…幸せにならなければ…ならない”って。
◇◇◇◇◇◇
『おじさん…だれ…?』
『…おいで。』
『……おかあさんと、おとうさん…は?』
『2人はもうここにはいないんだよ。』
『どうして…?ぼくはこんなに元気なのに、どうしておかあさんとおとうさんはいないの?』
『だって………。』
「っ!!」
「お、起きたか海斗。」
「…あ、れ?徹?」
なんだ?
今のは…夢?
「なんだ?寝ぼけてんのか?」
「…顔色悪いぞ海斗。どうした。」
近くにいたらしい聖夜が顔を覗き込んできた。
「わっ、大丈夫大丈夫!なんでもない!」
思わず押しのけてしまった。
許してくれ聖也。
そして俺の心臓が持っている間にもっと離れてくれ。
てゆーか隠れて噴出すな徹!
「顔も赤いし…やっぱ熱でもあるんじゃ…。」
顔が赤いのはお前のせいだ!
「あ、上原君。さっき先生が呼んでたよ。」
そんな俺を助けてくれたのは栗原だった。
助かった。
んだよ、とかボヤキながら聖也がいなくなった後、苦笑している栗原にお礼を言おうとして俺は顔を向けた。
そして普通に、いつも通り栗原の顔…正確には目…を見ただけだった。
それだけのはずなのに、次の瞬間、心臓が嫌な音を立てて動き出した。
「ぁ…?」
さっき聖也に対して鳴った鼓動とは全く違う、嫌な汗を伴う動悸。
なんだ…?これ。
「…おい?海斗どうした?」
そしてその動悸は徹が俺に触れた瞬間ふっと消えた。
でも手にはじっとりと汗が残っていて。
「…いや、なんか夢見が悪かった…みたい?」
「……大丈夫か?」
「うん…大丈夫…。」
でも、なんだろう…。
何かを思い出しそうな気がした。
決して望んではいない何かが、殻を破って出てきそうだった。
……そして…栗原の目が“怖い”と思ったのは初めてだった。