1章
『おれたちはずっと一緒だよ。』
『……ほんとう?』
『ホント。おれはずっと傍にいる。だから…。』
『…だから?』
『だから……海斗も、ずっとおれのそばにいろよ。』
約束だ。
Act.12
「海斗〜。さっき上原と何話してたんだ〜?」
まじまじと見ていると猛烈に腹が立ってくるような、まさしくニヤニヤとした顔でそう聞いてきたのはもちろん徹だ。
さっきの鋭い、挑戦的な笑みとは似ても似つかない。
そしてこんな顔の徹と真面目に話していてもなかなか先に進まないという事はこの2年間弱で嫌というほど体験しているので、俺は軽く流すことに決めた。
「別に。」
「…。」
「……。」
「………。」
「…………。」
「……………。」
「あーっもう!何だよその顔はー!!」
…決めたのだけど、俺が無視を決め込めば決め込むほど奴の笑みは深くなるばかりで、とうとう耐えられなくなってしまった。
頭を掻き毟りながらそう叫ぶと、徹はさも当たり前、のような表情で一言のたまった。
「だっておもしれーんだもん。」
「だもんていうな気持ち悪い。」
「うわひでぇ。」
年明けに髪を染めたという徹は、その少し茶色がかったさらさらとした髪をなでながら泣き真似をした。
…その細かい仕草が妙に癇に障るという事に、こいつは全く気づいていない。
もうこれ以上律儀に反応するのも疲れてため息を吐きながら頬杖をつくと、不意に近くから視線を感じた。
「……なんだよ…有川…。」
いつものことだが、口数の少ない有川は必要最低限のこと以外は決して言葉を発しない。
よってこういう風に目で何かを訴えることが多いのだが……今回はその距離が近すぎる。
今まで気づかなかったのが信じられないくらいに近すぎる。
そしてこいつは神出鬼没だ。
出席日数ギリギリしか学校にはこないからまたしばらくしたら欠席が続くのだろう。
…そういえば次のライブはいつなんだろうか。
というか他のメンバーはどうしているんだろう。
この学校は結構寛大だからライブをやっていても出席日数と成績で何とかなるがすべての学校がそうとは限らない。
せっかく苦労してレベルの高い高校に入ってもライブ続きで学校に来ずに、そのまま退学した奴もいると聞いたことがある。
つまりはそれだけ両立は難しいと言うことだろう。
そう考えると有川はすごいと思う。
めったに学校に来てないのに成績はいいし、周りのことはよく見てるし、俺たちの心配までしてくれる。
ここまで出来た奴もそうそういないだろう。
そして今回も有川は随分俺の心配をしてくれているみたいだが…。
こんな間近でじっと見られても困惑するだけだ。
「有川…何…?」
とりあえず日本人特有の曖昧な笑みを浮かべてそう聞いてみた。
いつもなら何かしらの反応が返ってくるのだが、今回返ってきたのは“無反応”だった。
ひたすらこちらを見ているだけで微動だにしない。
逆に怖いよ…有川…。
そんな俺を見かねたのか、徹が加勢してくれた。
「有川―。海斗が怖がってるぞ〜。」
って、直球すぎる!
「……いや、何でもない…けど…。」
ようやく何か話してくれたと思ったら有川らしくもなく要領を得ない言い方だ。
逆にこっちが心配になってきた…。
「有川どうしたんだ?大丈夫?」
「え?いや、俺は…別になんでもない…けど…。」
「けど?」
「…うん。いや、やっぱり…いい。これは…海斗が気づくべきことだから…。」
ん?
「俺が…気づくこと?」
「うん……ていうか、海斗って…不思議だね…。」
は?
「いや、よく意味が分からない…。」
「うん…鋭いのに鈍感だよね…。」
はぁ?
「頼むから…俺にも分かるように…言ってくれない…か?」
「うん。頑張れ。」
会話になってねぇ〜!
「あはははは!やっぱ海斗おもしれ〜!」
そしてまた徹は爆笑してるし!
何だ何だ何なんだ。
どうして俺は徹や栗原や有川にまで鈍感とか言われているんだ。
「何だよ皆して。なんか釈然としねぇ。」
「まぁ拗ねるな拗ねるな。」
「……。」
「周りを笑わせてるんだからいいじゃねぇか。」
「……意図して笑わせるのと意図せずに笑われるとのじゃ全く意味合いが違うだろ…。」
「あ、なるほど。」
そんなわざとらしく手を打たなくても…。
…いや、徹のこれはわざとではないか。
「なんかもう疲れた…。」
昼休みに入ってまだ10分も経っていないのにこの疲労感。
ふと気が緩んだ時にどっと疲れが体に押し寄せてきて、俺は机に突っ伏した。
「海斗、別に俺達お前をからかってる訳じゃないからな。」
そんな俺に何を思ったのか、徹はそう言うとポンポンと俺の頭を優しく叩いた。
…慰めようとしているのだろう。
何だか最近、こういう風にされる事が増えた気がする。
徹だったり、聖也だったり。
でもその温もりは全く嫌なものではなくて、むしろ安心感を与えてくれる。
“大丈夫だ”と言ってくれているようで。
大人しくなった俺に徹はしばらくそうしていたが、その温もりは突然離れていった。
反射的に顔を上げたが、その前に感じたのは俺の腕をつかむ強い力だった。
「あまりこいつで遊ぶなよ。」
聞こえてきたのは確かに聖也の声だった。
ただその声はいつものような柔らかさは伴っていない、鋭いもので。
明らかに徹に向かって言っているその台詞に、何故か受けた本人は笑っていた。
……その笑みはとても怖かったけど。
「別に遊んでるわけじゃないぜ。」
「からかって遊んでるようにしか見えなかったけどな。」
寒い。
なんかさっきよりここ寒くなってないか?
「おれが、海斗で、遊ぶと思うか?」
「……。」
一言一言区切って言った徹に聖也は何も返さず、ただ2人は見つめあって…いや、睨み合っていた。
…この2人、こんな仲悪かったっけ?
「大体上原はどうしてそんな保護者みたいに海斗の世話を焼くんだ?こいつだって子供じゃないんだぜ?」
「それは俺の勝手だろう?」
「ま、別にいいけど。そっちのほうが俺にとっては都合がいいし。」
「……どういう意味だ?」
「上原は海斗の“保護者”なんだろ?俺は海斗の保護者になりたいわけじゃないし。」
「……。」
「お前がそんななら俺はもう遠慮なんてしない。」
「なんだと?」
こ、こわいこわいこわい。
どんどん聖也につかまれてる腕の力が強くなっていってるのにそのことを口に出すのも躊躇うくらい怖いんですけど…!
「あ、有川…!」
あまりの怖さに助けを求めて呼んだのに何故か生暖かい微笑を返されただけで有川は全く助けてくれないし…!
「海斗。」
「はいっ!」
だから聖也に名前を呼ばれた時に変な声を出してしまったのは俺のせいじゃない。
「…なんだよ変な声出して。」
…俺の…せいじゃない。
「な、なんでもない…。」
「…変な奴。まぁいい、ちょっと来いよ。」
「え?どこに…。」
「話がある。とにかく来い。」
そう言って聖也はぐいぐい俺を無理やり教室から引っ張り出した。
教室から出る直前後ろを振り返った俺が見たのは、何故か仏頂面をしている徹とさっきの生暖かい微笑を浮かべている有川。
その時有川は声を出さずに口の動きだけで俺に言葉を伝えてきた。
……“頑張れ”って、何を?
そして連れて来られたのは人がほとんどいない裏庭だった。
「ちょ、聖也、腕イタイ。離せよ。」
「え?あ、あぁ。」
ようやく開放されたときには、腕はじんじん痺れていた。
くそう。
馬鹿力め。
「……海斗って、そんなに細かったっけ…?」
「はぁ?何言ってんだよ。聖也がでかくなっただけだろ。」
嫌味か。
どうせ俺はチビだよ。
どんなにがんばっても何故か筋肉がつかねーんだよ。
「……もう、それより話って何だよ。わざわざこんなところまで連れ出して。」
まだすこし痺れている腕を擦りながらそう聞くと、聖也は少し悪いと思っているらしく申し訳なさそうに顔を逸らした。
それにしてもそうとう力を込めて腕を掴んでいたんだな…。
少し赤くなってるし。
…それにあんなに手は大きかったっけ?
俺の腕をすっぽりと包み込んでしまうくらいだった。
……わ、なんだ。
急に心臓がバクバクなってきた…!
「海斗…。聞きたいことがあるんだ。」
「え?」
自分の事で精一杯だった俺に聖也は静かにそう切り出した。