1章



Act.13


「…聞きたいことって…?」

なんだろう。
何故だか嫌な予感がする。
聖也がこうして改まって何かを言うときにはいい事が起こった例がない。

「あのさ…。」
「…うん?」
「………神林の事、好きか?」

………。



はぁ??



「なんだよ、そんな深刻そうな顔して何言い出すのかと思ったら…。」

体の力が一気に抜けたぁ…。

「俺にとっては深刻なことなんだよ。」
「何でだよ。てか好きも嫌いも…。好きじゃなかったらこんな2年近く友達やってないって。」

確かにお調子者で偶に強引だけど、いつも俺の話は親身になって聞いてくれるし周りの事をよく見ている奴だ。
そして何より信用できる。

「……そう、か。」
「聖也?」

何だか急に空を睨みつけ始めてしまった。
やっぱり何かおかしいよな。
よくボーっとすることが多いと思ったら今度はなぜか徹とぶつかり始めるし。
や、徹も徹だよな。
いつものようにお茶らけた雰囲気なんて微塵も出さずに、あんな挑発するような言葉遣いで…。

……挑発…?

そういえばどうして聖也に挑発なんか…。

「なぁ海斗。」
「ん?」
「……。」

そのままじっと俺を見つめる聖也の腕が、ふと俺に伸ばされた。
さっきとは反対の腕を掴まれて、ぐっと力を入れてくる。

俺、一応野球部なんだけどなぁ…。
どうして帰宅部のこいつより腕の筋肉にしても手の力にしても負けてるんだろう…。
考えるとなんだか切なくなってきてため息をつくと、腕に込められていた力が強まった。

「……痛い、聖也。」
「……。」

そして、自分でも疑問を持つほど…無言でただ腕を掴んで俺を見つめるこいつに対して微かな恐怖が湧いてきた。

それは本当に唐突に。

今まではそんなことはなかったのに…。
でも、そう思ったすぐ後には否定した。

確かに以前、こういう気持ちになったことがある。

…そうだ。
あの時、相手は徹だった。
あの、大晦日の前の日。
現実から目を逸らし続けている俺に、徹は静かに怒っていた。

俺は確かにあの時も、今のような恐怖を感じていた。

「…誰の事考えてるんだ?」

そんなことを考えていた時、ずっと無言だった聖也の静かな声が頭に響いてきた。
瞬間的に徹のことは口に出してはいけないと感じた。
なぜだろう。
無事でいられる気がしない。
………徹が。
それはきっと、さっきの2人のにらみ合いを見ているからだろう。

「いや、別に……ちょっと明日の宿題のことを…。」

って、もっといい答え方があるだろ俺!

「嘘つくな海斗。」

あ、やっぱかなり無理があったか。

「まぁ、それは嘘だけど…。ただ、ちょっと聖也が怖いなって思っただけだよ。」

軽く息をついてそう言うと、何故かさらに力が強まった。
ふと顔を見ると、眉を軽く寄せて俺の目を見つめている。
その眼差しが強くて、鋭くて、男らしくて。

体が震えた。

恐怖?
そんなものではない。
言葉では言い表せない何かが沸き起こってきて、それを意識するより前に体が震えた。
俺のその反応は、傍から見たら怖がっているように見えたかもしれない。
少なくとも聖也には、そう感じたようだった。

「俺のどこが怖いんだよ。」
「――……。」

答えられない俺からふいと視線を逸らすと、苦しそうにもう片方の手で頭を抱えた。

分からない。

どうして急にそんな事を聞く?
どうして急にそんな反応をする?
どうしてそんな苦しそうに俺を見る?

掴まれている腕の力は弱まらない。
聖也の力をこんなに強いと感じたのは初めてだ。

だからだろうか。

こんなに恐怖を感じるのは。
…こんなに、胸がドクドクなっているのは。

それでも何も答えられない俺は、何も成長していない。
また、聖也から逃げようとしている…。

「海斗。」
「…え?」

そして次の行動を起こしたのは、聖也だった。

突然掴んでいた腕を引かれた、と思ったときにはもう何も見えなくなった。
…いや、正確には制服以外の物が何も見えなくなった。

そしてしばらくして、ようやく自分が聖也の腕の中にいることに気づいた。

……聖也に抱きしめられてる…?

ドクンッ。

「聖也!?なに、どうし…。」
「なぁ、俺はどうしたらいい?」
「……え?」

思わず腕から出ようと暴れ始めた俺をいとも簡単に抑えると、聖也は言葉を遮ってそう呟いた。
きちんと耳を傾けていないと聞き逃してしまいそうな、頼りない声で。
抵抗が止んだ俺を確認すると、その拘束を優しいものにした。

「俺は……どうすればいい?」

縋るように俺を抱きしめている聖也に返す言葉が見つからない。
だって、こんなに不安定なこいつは見たことがない。
誰かにこうやって縋る聖也は、知らない。

「………聖也…。」
「…あぁ…。」

ただ名前しか呼べない俺に、聖也は返事をすると、またそのまま動きを止めてしまった。

俺のこの心臓の音は、聖也に聞こえてしまわないだろうか。
真っ赤になっているであろう顔は、見られてないだろうか。

そう思いながらもそっと背中に手を回すと、耳元で聖也が微笑んだのが分かった。

その瞬間、風がざあっと俺たちを包み込んだ。

「海斗…。俺は…      。」

こんなに近くにいるのに、その風の音で聖也の声は俺の耳まで届かなかった。

「え?ごめん、よく聞こえなかった…もう一度…。」
「……いや、何でもない。」
「…聖也?」

それからは本当に何も言わず、抱きしめる力を強めるだけで。

俺はぼんやりと、そういえば前にもこんな事があったなーなんて考えていた。
ただ、あの時、相手は徹だったけど。
酔っ払ったあいつが俺を抱きしめたまま離れずに寝てしまったので俺もそのまま寝てしまったあの日が、どうしてこんなに昔に感じるんだろう。


結局この時は予鈴が鳴るまでずっとそうしていた。

俺を解放した時には聖也はもう元通りで……すこし拍子抜けした。

そして何も聞かずに教室に戻ったけれど、もしこの時、風に消えてしまった聖也の言葉を聞いていたら、俺はどんな反応をしていたんだろう。
もし、その言葉を聞いていたら、俺たちの関係は変わっていたんだろうか。

どちらにしても、後から思い起こしてみると…とても惜しいことをしたなと思う。












「海斗…。俺は…海斗が好きだ。」












1章<完>