1章
『君の両親の事はよく知ってるよ。』
『おいで。君が知りたい真実を教えてあげよう。』
Act.10
「………。」
ふと目が覚めると自分の部屋だった。
そりゃそうだ。
昨日はいつも通りの一日を過ごして少し早く寝たんだから。
「……ゆめ…?」
何か、夢を見ていた気がする…。
ずっと昔の、夢。
「…真実…?」
俺の両親の真実?
もしかしてそれは、あの事だろうか…。
知らなければよかったと思った事もあったけれど、今考えてみると…。
「はぁ。もう余計なこと考えるのやめよう…。」
俺が深く考えるとろくな事がないんだ。
大抵答が出ないから1人でぐるぐるして終わる。
そんで聖也や徹に余計な心配をかけさせてしまう。
余計な心配といえば、最近聖也がおかしい。
やけに視線を感じると思えば必ずそこにいるのは聖也だったり、なにかを言いたげに俺の目の前まで来るくせに結局何も言わずに去っていったり…。
そんな姿を見て、なぜか徹だけは爆笑していたけど。
なんだあいつ。とか呟くと、あいつもきっと葛藤してんだよ。とかちょっと含み笑いしながら言うから余計気になるし。
それどころか栗原まで俺に何かを言いたげにこっちを見てくる。
そのくせ俺が視線を向けると怯えるように顔を逸らす。
何か知らないけど怖いならこっち見るなよ。
いい加減にしてくれ。
「大体俺が何をしたっていうんだよ。まともに話したのなんて栗原が転校してきた初日ぐらいだってのに…。」
ぶつぶつ言いながらとりあえず支度を終えた俺が部屋のドアを開けると目の前に人が立っていた。
「うわっ!なんだよびっくりした…って聖也?」
びしっと制服に身を包んだ聖也が、今まさに俺の部屋のドアをノックしようとしている体勢で固まっていた。
なんか最近朝によく会うな。
この前も途中でつかまったし、その後も何度か寮でばったり会う事が多かった。
そういえばそのことも徹にぽろっとこぼすとまた爆笑された。
意味が分からん。
「……。」
「…おい、聖也?どうし……って、近い近い!!」
無言で俺の顔を凝視してると思ったら、どんどん俺の方に近づいてきた。
顔だけ。
やめてくれ。
心臓が持たない。
思わず声を張り上げると、はっとしたみたいに体を離し、今度は突然唸りだした。
……明らかに不審者だよ、それ。
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
ここまで意味が分からない行動をする聖也は初めてだぞ。
「………………海斗。」
「なんだよ。」
なんで俺の名前を呼ぶだけでそんなに間が空くんだ?
「………いや、なんでもない。」
「は?」
そのまま暫く俺をまた凝視して、おもむろにため息をつくと、そのままきびすを返して行ってしまった。
な、何なんだ。
「…なぁ徹。聖也がおかしいんだけど。」
朝のホームルーム前の時間。
俺は徹に話を聞いてもらっていた。
もう俺専属のカウンセラーみたいな勢いだよ。
「…っふ。」
「で、なんでその度に徹はふきだすんだよ!」
聖也のことを話すたびに口元を押さえて笑いを我慢している姿は…なんというか、言葉に出来ない。
「いや、なんか、2人ともおもしれーよ。」
「2人?」
「お前と上原に決まってんじゃん。」
「なんで俺まで…。」
「2人とも鈍感だよな〜。」
微妙に笑いながらそんな事を言われても…。
ていうか…。
「鈍感ってなんだよ。」
「“感じ方のにぶいこと。気のきかないこと。また、そのさま。”」
「言葉の意味を聞いてるんじゃないって。」
「分かってるって。そのままの意味だよ。」
ふふんと鼻で笑われてしまった。
「意味わかんねぇ。」
思わずため息をつきながら頭を抱えたとき、隣から思いもかけない声が聞こえた。
「……うん。僕もそう思う。」
「…………栗原?」
なんだか、俺が話しかけるといつも異常に驚く栗原の気持ちが今、やっと分かった気がする。
勢いをつけて顔を上げた俺に、隣人は苦笑を返した。
「やっぱり驚くよね。」
そして考えた事は同じだった。
「いや…それよりそう思うって…。」
「…うん。2人とも、鈍感だよねってとこ。」
そこか。
思わず無言で凝視すると、微かにたじろいだのが分かった。
どうして俺に怯えるくせに話しかけてきたんだろう。
怖がられる俺の気持ちも少しは察していただけるとありがたい。
「……でも、自分の気持ちを…自覚してる分、鈴森君のほうがまだ…。」
「…ていうか栗原がそこまでこの2人の状況を理解してる事に俺は驚きなんだけど…。」
「神林君には負けるよ…。」
「ま、俺は…色々あんだよ。」
「……そうなの?」
「う〜ん。俺の事までは気付いてないのか〜。」
「え?」
「ん〜や。別に。」
2人が話している内容がちんぷんかんぷんなんだけど…。
ゆえに俺は鈍感とか言われてるんだろうか。
「え〜と?」
頭を掻きながら目で2人に訴えていると、唐突に笑い出した。
驚く事に栗原が。
「……………なんで俺は栗原にまで笑われてるんだろう…。」
「海斗は人を笑わせる達人だな。」
「笑うのはお前らだけだろう。」
しかも笑わせようとしたわけじゃない。
「ご、ごめん。…なんか、ホントに有川君の言ってた通りだな、って思って…。」
なぜそこに有川が登場するんだ?
ていうか何言ったんだ有川。
ついまた目でそれを訴えると、ぶはっと変な息を出してから栗原はまた軽い笑いの発作に苦しみ始めてしまった。
…おい。
今まで俺に怯えて避けてた奴はどこにいった。
「栗原って笑い上戸なんだな〜。」
のんきにそんなこと言わないでくれ徹。
そして気付いてくれ。
始めから全く話が進んでいないという事に。
「ふぅ〜。ごめんね。僕、笑い出したらなかなか止まらなくて。」
「みたいだな〜。」
「俺は笑い出した理由が知りたいよ…。」
話が進んだのはあれから5分たった頃だった。
ようやく落ち着いたらしい栗原が話し始めた。
「実はさ、昨日有川君に言われちゃって。どうして鈴森君を怖がってるんだって。」
少し顔に笑みを浮かべながらそう話す栗原を見て、どこか見覚えがあるような奇妙な感覚に陥った。
でもそれは一瞬で、すぐに消えてしまったけど。
「“1度ちゃんと正面から話してみろ”って。“面白くて意外と可愛い奴だ”って、言ってた。」
前から思ってたけど、お前何者だよ有川。
とても同い年とは思えない。
「それに、僕と上原君の事、全部知ってたみたい…。」
「……え?」
「…………これは、鈴森君も気付いてるとは思うけど…僕、彼のこと、好きだったんだ。」
心臓が、嫌な音をたてた。
「だから僕、去年の年末…言ったんだ上原君に。告白したんだ。」
……告白?
少し、驚いた。
しかも年末って事は…あの日…聖也が栗原を抱きしめていた日…だよな?
「でも、まぁやっぱりっていうか…振られちゃったけど…。」
「………。」
…なんで…?
少なくとも聖也は栗原のこと、大事に思っていたはずなのに…。
「言ったら、すっきりしたんだ…。それでよく周りが見えるようになったっていうか…色々なものが分かった。そうしたら鈴森君も…そうだったんだなって…。」
………。
ばれてる。
やっぱり俺の気持ちって…周りに駄々漏れだ…。
「…ねぇ、鈴森君。最近上原君…なんかピリピリしてるんだ。」
そう言いながら栗原が顔を向けた先には、机に突っ伏している聖也の姿。
そして視線を俺に戻すと、いつもからは考えられないほど力強い声で言った。
「自分でもその事に気付いているけど何故なのか分からないみたいなんだ。…僕はもう、何も言ってあげられることがないから…。」
思えば栗原が俺の目をちゃんと見て意思を伝えるのは、これが初めてかもしれない。
元々あまり自己主張するタイプではないけど、俺に対しては顔を見ることもしていなかった。
いつもよそよそしくて、怯えていて…。
「…行ってあげて。」
でも実際の栗原はとても強いのかもしれない。
俺以上に――……。
「……俺が話しても、何も解決しないと思うけど…。」
「それはないよ、絶対。」
妙に自信のある声で栗原が言い切るから、何を根拠に、と言おうとしたら、徹の方からも声がかかった。
「俺も絶対大丈夫だと思うけどな。」
「え、何で。」
まさか徹からも言われるとは思ってなかったから、内心驚いた。
「少なくとも今までの経験が違うだろ。過ごしてきた年月なんて比べ物にならねぇし。」
「まぁ…それはそうだけど。でも長い時間を一緒に過ごしても、ダメなものはダメだし、たとえ知り合って短い期間だとしても心を開く時は開くだろ。生まれた時から一緒に過ごしてきたからって聖也が心を許すとは限らないよ。」
自分で言っておきながら、心のどこかで傷ついている俺がいる。
人との絆なんてものは、時間で決まるものではない。
「だからなんでそこまで悲観的な考えをするんだろうなぁ。海斗は。」
思いっきりため息をつきながら徹はそう言うと、べしっと俺の頭を叩いた。
「いてっ。」
「とにかく上原んとこ行って話して来い。お前も最近何かアイツの様子がおかしいとか言ってたじゃねぇかよ。」
「それはそうだけど…。」
「い、っ、て、こ、い。」
徹って時々怖くなるよな。
仕方なく俺は聖也の話を聞くべく足を動かした。