1章
俺が7歳の頃、交通事故で両親は他界した。
旅行中、飲酒運転をしていたトラックに正面から衝突され、即死だった。
その時俺も一緒に乗っていたはずだが、記憶がない。
あまりの恐怖に自己防衛が働き、前後一週間の記憶が飛んでしまったらしい。
俺が助かったのは奇跡だったと言われた。
きっと両親が自分を犠牲にして助けたんだろうと。
記憶があるのは葬式がすべて終わってからだ。
両親は駆け落ち結婚だったから、俺には頼る家族も親戚もいなかった。
他に兄弟もいないからたった7歳にして天涯孤独の身となってしまったのだ。
途方に暮れた俺の面倒を見てくれたのも葬式の手配をしてくれたのも聖也の家族だった。
聖也の両親と俺の両親は高校の時からの同級生で、俺と聖也は生まれた時からお互い家族のように育った。
だからおばさんは本当の息子のように可愛がってくれたし、おじさんは聖也と同じように叱ったりしてくれた。
そして聖也はどんな時でも傍にいてくれた。
俺は覚えてないけど両親の葬式では一緒に泣いてくれたらしい。
中学にあがって、あることから俺が精神的に崩れてしまった時も、なにも聞かずにずっと見守ってくれた。
俺を悲しみから救ってくれたのは間違いなく聖也だった。
聖也がかけがえのない存在になってしまった。
・・・それが”恋”だと気づいたのは中学生も終わる頃だ。
毎月毎月聖也に告白する女子を見てイライラするのも
俺以外の奴と笑いあってる聖夜をみて胸が痛むのも
それが”恋”だと考えればつじつまが合う。
そしてなにより俺はいつも無意識に聖也を追ってしまっている。
聖也がいないと安心できなくなってしまっている。
これは恐怖だった。
俺にとって、この気持ちは恐怖だったのだ。
・・・・・・・だから逃げた。
今ならまだ間に合うから。
だから。
聖也の傍から離れようと決めた。
「俺、高校は寮に入るよ。」
Act.1
「今日からこのクラスに入ることになった。」
ほんとにそれだけ言って担任が教壇に立つ人物を紹介した。
なんてゆーか、随分簡潔だな。
もっとこう、名前を黒板に書いてやるとか、せめて自己紹介しろ。とか促してやってもいいと思うんだけど・・・。
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
ほら、転校生も戸惑ってるじゃないか!
なんで二人して見詰め合ってんだよ!!
「・・・ぇ、ぇえと、栗原和弘です。宜しくお願いします・・・。」
とうとう沈黙に耐えられなくなったらしい転校生が担任から目をそらしつつ、たどたどしく自己紹介を始めた。
なんか気の毒に思えて仕方ないのは俺だけだろうか…。
「じゃあ、栗原はとりあえず窓側の一番後ろの席に座れ。」
そういって勧めた席は俺の隣だった。
と、いうことは当然俺に世話係が回ってくるって事で。
「あとは隣の鈴森に聞いてくれ。鈴森、頼んだ。じゃあこれでホームルームは終わるぞ。」
せめて俺の返事聞いてから終わらせろよ!!
あと、全然関係ないけど、いかにも体育教師ですって感じの体格しててなんで古典の教師になったんだろう。
あの鍛えられた腕とかがもったいないじゃないか!
使わないなら俺にくれ。
俺のこの顔と身長でマッチョってのもアンバランスで怖いけど。
「あ、えと、よろしく。」
「ぅえっ!?」
担任についてどーでもいいことをつらつら考えてたせいで、転校生が隣に来たことにも気づかなかった。
変な声出しちまったよ!!
「海斗…いきなりどっか違う世界にいくのはやめろよ…。相変わらず変な奴だな。」
徹に言われちゃおしまいだな!!
いやいや、そんなことより!
「ごめんごめん。あ〜と、初めまして!栗原だよな!よろしく。俺、鈴森海斗。わかんない事とかあったら何でも聞いて。」
とりあえずへらっと笑いながら自己紹介したら変な顔をされた。
今、なんかまずいこと言ったか…?
いや、言ってないはずだ…よな?。
「海斗…?鈴森海斗?」
「え…?」
栗原はうつむきながら何度か俺の名前をつぶやいた。
そんなにめずらしい名前だったかな…。
あ、それともどっかで会ったことあるとか!?
だったら俺、めちゃくちゃ失礼なやつじゃん!
「え〜と、」
とりあえず会ったことあるかどうか聞こうと俺が声を出したら、栗原はおもむろに顔を上げた。
その顔がさっきとはあまりにも違って。
「…栗…原?」
「あ、色々迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね。」
そういうと、慌てたように椅子に座ってしまった。
…やっぱり俺の名前が珍しかったのだろうか…
◇◇◇◇
「海斗〜。飯食おうぜ。」
あっという間に昼休み。
チャイムが鳴ったとたん聖也が俺の席にやってきた。
「あ〜。ごめん。俺、この後ちょっと…。」
「…部活か?」
「うん…。」
俺は高校に入ってから野球部に入った。
なぜかって。
それはひとえに聖也とは違う時間を作るためである。
俺は聖也から離れようと決めてからすぐ行動を起こした。
まずは寮のある高校を探すことから始め、少しずつ少しずつ、聖也との時間を減らしていった。
高校を決めてからは今まで以上に勉強に力を入れた。
すべて、聖也や、おばさんたちに気付かれない様に。
そして、ほんとに受験間際になって言ったのだ。
「俺、高校は寮に入るよ。」…と。
それなのに。
なぜか聖也はあっさり今までの第一希望を変え、俺と同じ高校に入りやがった。
しかも文句なしの首席で…だ。
…まったく腹が立つ!!
俺はあんなに必死に勉強しても取れなかったってのに!
…いや、今はそんなことどーでもいい。
とにかく約半年たらずの努力は見事に水の泡となったわけだ。
おまけにクラスも同じと来た。
これじゃぁ今までと何も変わらないと思った俺は部活に入ることで、また聖也とは違う時間を作ることにした。
すでにやけくそ気味になっている。
でも、そのやけくそで入った部活で徹に出会った。
クラスはもともと一緒だったけど、部活が違ったらここまで仲良くはならなかっただろう。
徹は、聖也も知らない俺の悩み…すなわち、聖也の事が好きだということを知っている唯一の友達だ。
なぜ知っているか。
簡単だ。
……ばれたからだ。
「じゃあちょっくら行ってくる。あ、栗原と一緒に食べててよ。」
「え?」
なぜか俺が部活に行くのが気にくわないらしい聖也をなだめるために、たまたま目に入った(失礼。)栗原を巻き込むことに決めた。
いきなり名指しされた栗原は当然ながら驚きの表情を浮かべている。
すまん。
「じゃな!!」
「あ、おい海斗!」
二年以上だ。
二年以上かけて離れることができた距離はこれだけだ。
俺は聖也の近くに居過ぎた。
「海斗、さっきのはあからさまだろ。」
教室を出たら、俺の後についてきていたらしい徹から指摘を受けた。
どうせ向かう場所は同じなので並んで歩き始める。
「何が?」
「何が!今何がって言った!?はぁ〜。今更俺に何をごまかそうってんだい。」
「……。」
この際わざとらしく首を振ってることは無視しよう。
なんか異様に腹が立つから。
「いや、まじでよく分からないんだけど…?」
「いや、だって…………あぁ……そうか…なんでこっちの方向に歩いてるのか実は疑問だったんだけど、そういうことか。上原も知らなかったんだな…。」
「なにブツブツ言ってんだよ。それより早く行かないとミーティング遅れるんじゃ…」
「うん。いや、だからさ。」
「うん?」
「……今日、ミーティング休みだけど。」
「…………。」
もっと早く言ってほしかった。
「…まぁ、いいや。いい口実になったし…。」
どうせなんだかんだ言って俺は教室から逃げていただろう。
正確には、聖也のそばから。
「口実…ね。…海斗、ホントにいいのか?」
「…何が?」
さっきから質問の意味が分からない。
頼むから俺にもわかるように質問してくれ。
「このまま上原と距離ができてもいいのか?覚悟はできてんのか?」
覚悟…?
「…俺が、望んでるのは、聖也から離れることだ。」
「……そうか。なら、いいんだ。」
このときの俺は、とにかく聖也から離れたいとしか考えることが出来なかったから、この後どれほど自分が苦しむかなんて、全く予想していなかったんだ。