A true feeling
3
『彼女?』
『そ。北高の奴。』
『…なんだよ、いつの間にそんなことになったんだ?』
『先週かなー、校門前に待ち伏せられてコクられた。』
今思えば亮太がその時の彼女のことを好きだったとはとても思えないけど、その時の俺は自分のことでいっぱいいっぱいだったから。
『じゃ、今までみたいにあんま遊びには行けないなー。』
『は?何でだよ。』
『何でって…。一緒に帰ったりデートしたりするんだろ?』
『瑞貴の中の彼女像ってそんななのか。』
『はぁ?』
『ま、テキト―に遊んで付き合うから瑞貴は気にすんな。』
そういえばその時の彼女にだけは会うことがなかったな。
ピーンポーン。
「ん〜…。」
ピーンポーン。
ピポピポピポピポピポピポピポピポピポピンポーン
「だぁー!!うるせー!!!瑞貴!誰か来たぞ!」
「あ〜…??」
朝か。
ちらりと時計を見ると、朝の5時だった。
頭が痛い。
やっぱり昨日、飲みすぎた…。
「……無理…。動けない。」
「おいおい〜。」
ピーンポーン。
ガンガンガンガンガン。
「うるせぇ!いま何時だと思ってんだ!俺が出るぞ瑞貴!」
「たのむ〜…。」
チャイムだけじゃなく、ドアまで叩き出した訪問者に切れた彼方はどすどすと足音を当てて玄関に向かった。
あ〜…やっと静かになった…。
頭ががんがんする…。
体もだるい…。
昨日、家に帰ってきて真っ先に着替えておいてよかった…。
あ〜、駄目だ。
まだ寝たい…。
このまままた寝たら彼方に怒られるかな…。
そう思いながらもうとうとし始めたとき、名前を呼ばれた。
「……瑞貴…。」
彼方か?
悪いけど寝かせてくれ…。
「おい……瑞貴。」
頼むから揺らさないで…。
頭痛いんだって。
「……ん〜、彼方頼む…もっと寝かせて…。」
「っ………起きろ!!瑞貴!」
今のセリフのどこに怒ったのか、耳元でそう叫ばれて俺は飛び起きた。
「耳元で叫ぶな!!ただでさえ頭痛いの……に………。」
痛みを堪えて起き上った俺が見たのは、彼方ではなくて…。
その姿をとらえた瞬間、頭の中が真っ白になった。
「……久しぶりだな。瑞貴。」
うそ…。
どうして……ここに…。
「亮…太……?」
これは夢か?
だって、ここに亮太がいるはずがない。
「……やっと、見つけた……。」
「………。」
「悪い瑞貴。玄関で止めとこうと思ったんだけど、こいつ勝手に上がってきちゃって。」
完全にフリーズしてしまった俺に、彼方はそう声をかけた。
その彼方に先に反応したのは亮太で。
「お前、どうしてこいつの家にいるんだ?」
「どうしてって…いちゃ悪いかよ。職場の仲間同士、飲みに行ったりすることもあるだろ。」
「ここは飲み屋じゃねぇ。」
「……ふぅん…。俺はそんなことよりどうしてお前がここに来たのかこそ、聞きたいけどな。」
2人の仲が悪かったという話は本当らしい。
「…瑞貴を探してたんだよ。急に何の連絡もなく引っ越しちまうし携帯は解約されてるし…。誰に聞いても知らないって言葉が返ってくるだけで。」
そりゃそうだ。
ここを知ってるのは両親だけで、その両親にはしっかり口止めしといたから。
でも、だからどうしてここにこいつがいるんだ。
奥さんはどうした奥さんは。
俺はまだ。
亮太と正面から話せるほど心の整理が出来ていないのに…。
「…瑞貴。どうして何も言わなかったんだよ。転勤になるならなるで一言くらい言ってくれてもよかったじゃねぇか。」
お前から逃げるために転勤の話を受けたのに、どうしてそれを言わなくちゃいけないんだよ。
「瑞貴…。どうして俺の顔を、見ない?」
見れない。
見たく…ない。
「おい瑞貴!」
「それくらいにしてくれないか。」
決して顔を上げようとしない俺に近づこうとした亮太を、彼方が止めた。
「お前は黙ってろ。」
「…そういうわけにもいかないんだよ。なぁ、瑞貴?」
え?
「……どういう意味だ。」
「そのままの意味だけど?」
なんだか意味ありげに笑っている彼方を、俺も亮太も訝しげに見つめる。
いや、亮太は睨みつけてると言った方が正しいか。
「さっき、職場の仲間同士飲んでたって言ったけど、それだけじゃねぇし。」
ゆっくりと俺に近づきながらそう言う彼方に、俺は内心首をかしげた。
だって、実際ただ飲んでただけだし。
「…お前。」
「俺は、お前と瑞貴の今までの関係を全部知ってる。」
俺の目の前まで来た彼方は、自然な動きで俺の顔を自分の方に向けさせる。
なんかやけに顔が近い気がすんだけど?
でも、彼方の目が何も言うなと訴えているようで、俺は言葉を発することができなかった。
「……瑞貴…。」
彼方のそんな甘い声は初めて聞いた。
そしてただでさえ近かった顔がすごいドアップになって迫ってきて…。
あ、こいつ結構まつ毛長い………じゃなくって!!
「ちょ、かな…!」
た、と言い切る前に急に彼方が吹っ飛んだ。
壁にドスっといい音をたてて。
「こいつに触るな。」
亮太のその声を聞いて、彼方は吹っ飛んだのではなく吹っ飛ばされたんだと気づいた。
亮太に。
「ちょ、亮太お前何やってんだよ!彼方大丈夫か!」
「いってぇ…。いや、まさかこうくるとは思わなかった…。」
こうくるとはって…。
彼方も悪ふざけが過ぎるって!
「瑞貴、お前が言ってた好きな奴って、こいつの事なのか。」
「え?」
反射的に見た亮太の顔は、いつかと同じものだった。
そう、それこそ俺に好きな奴がいると言ったあの日と同じ…。
「…なに…。」
「だから、……こいつの事が、好きなのか?」
あの日と同じ……。
こっちまで悲しくなるような、そんな顔。
「………。」
言葉が出ない。
何を言えばいいのか分からない。
否定も肯定もできなくて。
もしかしたらそのまま誤解してくれていた方がいいのかもしれない。
だってこいつには“家族”がある。
全く成長していない俺の、その沈黙をどう受け取ったのか…。
亮太はふっと俺から目を逸らした。
ツキン、と胸が痛んだ。
「……もう、遅いのか。」
「………え?」
遅い?
遅いって…何が…。
「俺は…気付くのが遅すぎたんだ…瑞貴。」
気付くのが…遅かった?
俺が何も言わずただ見詰めたままでいると、亮太は顔を歪めた。
そして、3年前からは考えられないようなおそるおそるとした動作で俺に手を伸ばしてくる。
らしくないその彼の行動に、俺は逃げることを忘れた。