A true feeling




2



あれから3年。
俺は数年住んでいたアパートを引っ越し、携帯を解約した。
亮太が結婚して1年目。
俺は自分の認識が甘かったことを思い知らされた。
つらいとか、耐えるとか、そんな次元の話ではない。

亮太と、あの女の人を見る度に…俺の心の中で汚くて醜い感情が湧き上がってくる。
何度も動きかけた体を押さえつけるのは、相当の力が必要で。

1年が限界だった。
結局俺は、亮太の傍にいることができなくて…ちょうど話に上がっていた転勤話に飛びついた。

亮太から逃げたんだ。

それから2年。
今の職場にも慣れて、新しいアパートにも慣れて、ようやく昔ほど亮太を思い出すこともなくなった。
だからといって、あの時の気持ちが消えたわけではないけれど。










「瑞貴。」
「あ、彼方(かなた)。」

とりあえずたまっていた仕事の区切りがついた頃。
ポン、と肩を叩かれて振り向いたそこには高校の時の同級生がいた。

俺がここに来て最初に会ったのは、こいつだった。
お互い目を見開いて驚きあったあの時、俺の中で止まっていた何かが動きだした。

ここ数年は亮太のことばかり考えていて、他の事には手が回らなくて。
でも、それでも時間は過ぎている。
そんなことに、ようやく気がついた。
彼方と最後に会ったときからすでに8年近くの歳月が流れていたんだと知ったとき、何故か急に、心が軽くなったのが分かった。
安心した、と言った方が正しいかもしれない。


彼方は、俺が亮太に対して持っている感情を知っていた、唯一の友人だったから。


「今日飲みに行かねぇ?」
「お〜。ちょうど仕事も終わったとこだし。久々に行くか。」
「よし。じゃあまた後でな。」

彼方は高校を卒業してから地方の大学に行った。
色々家庭の事情があったらしく、連絡もろくにとれない日が続いて…そして気付いたらこんなにも年月が過ぎていた…。
まさか転勤した会社にいるとは思わなかったけど。



『結婚!?あいつが!?』
『もう1年は経つって。知らなかったのか?』
『知るわけないだろう。俺、あいつには嫌われてたし。』



2年前、彼方に亮太が結婚したことを伝えると、予想以上に驚いた反応を見せた。
確かに高校時代、亮太と彼方が話をしてる所を見たことはなかった。



『…瑞貴は、あいつに自分の気持ちを伝えなかったのか?』
『うん…。だって、始めからそんな気、なかったし。』
『でも……。』
『ずっとセフレはしてたけど、そんなのは好きじゃなくてもできるだろ?』
『必ずしもそうとは言えないと思うけどな…。』



確かにそうだろう。
でも、亮太が俺のことを好きだったなんて……とてもじゃないけど思えない。



『俺は結局、あいつからも自分からも逃げたんだよ。』



彼方は何も言わず傍にいてくれた。
声を出さずに涙を流す俺に気づいていないふりをしながら。










「なー、この後瑞貴の部屋行っていいか〜??明日休みだしもっと飲もーぜ〜。」

居酒屋を出たあと、飲み足りないらしい彼方が二次会を申し出た。
でもどうして俺の部屋?

「いいけど…。」

今まで何度か彼方は俺の部屋に来たことがある。
そのたびに宴会になるのは…まぁ社会人になった俺達としては当然の流れでもあったんだが、今日これ以上飲んだら明日はグロッキーなことになりそう…。

「俺は今日もう無理。」
「相変わらず酒弱いんだなー、瑞貴は。」
「いんだよ。付き合い程度に飲めれば。」
「俺は飲む!ビール買ってこうぜ!!」

彼方はザルだ。
いや、ザルどころではない。
こいつが酔った所なんて誰も見たことがない。

「……瑞貴。もし―――どうする?」
「え?」

そんなことを考えていたら、彼方が言ったことを聞き逃してしまった。

「何でもない。」

二度言うつもりはないらしく、何度聞き返しても彼方が教えてくれることはなかった。










『“瑞貴”って、なんかいい響きだな。』

初めて亮太に会ったとき、一番印象に残った言葉はこれだ。
今まで女みたいな名前とか言われたことはあったけど、そんな風に言われたことはなかったから。

『そう…かな?』
『そうだって。なんかやさしい感じがする。』
『……今まで、そんなこと、言われたことなかった。』
『はぁ?それはそいつらが馬鹿なだけだろ。俺がいいっつったら、いいんだよ。』

なんだかすごく偉そうで勝手な言葉だけど、すごく嬉しかった。

『そっ…か?』
『そうだよ。』
『……ありが…とう。』

その時、初めて俺の中に暖かい感情が生まれたんだ。










「もう無理。俺寝る。」

俺の部屋に移動して始まった二次会。
結局俺も飲まされて、すでに目の前がぐらぐらしてる。

「なんだよー、もうギブかぁ?」
「…お前と一緒のレベルで考えないでくれ…。あ、彼方は好きなだけ飲んでていいぞ。どうせ今日泊まっていくんだろ?」
「じゃ、お言葉に甘えて。」

そういって新しいビールに手を伸ばす彼方を横目に、俺はもぞもぞとソファーに横になった。
しっかし、ホントこいつよく飲むな…。

「……瑞貴、変なこと聞いていいか?」
「ん〜、なに…。」
「…初めてあいつと寝たとき、瑞貴も酒、飲んでたのか?」

…は?

「……何だその質問。」
「だから一応聞いたじゃねぇか。」

………初めて亮太と寝たとき…。
あの、文化祭の打ち上げの時。
俺以上に酒の弱い亮太がふらふらに酔っ払って…。
俺は、亮太を押し返すことが出来なかった。

「…どうだったかな…。もしかしたら飲んでたのかも…。」

亮太がジュースと間違えて飲んでしまったくらいだ。
俺も一杯くらいは飲んでしまっていたかもしれない。
あの時は打ち上げの雰囲気にみんな盛り上がっていたから、たとえ酒を飲んでいても気づかなかったかもしれない。
ていうか酒を買ってきたのは誰だよ。

「なんでいきなりそんなこと…聞くんだ?」
「いや…なんていうかさ…。」
「……。」
「………瑞貴って、酒が入ると……色気が出るんだよ。」


………はぁ?


「彼方、頭でも打ったか?」
「…これでも真面目に言ってるんだけど…。」

だって、そんなこと言われても。

「…お前、男が好きなわけじゃないだろ。」
「俺は至ってノーマルだ。そんな俺がお前に色気を感じるんだから、その気がある奴は相当やばいんじゃないのかって言いたいんだよ。」

それと亮太と何の関係が。

「亮太もノーマルだよ。」
「…いや、それは…まぁ、そう…なのか?」
「そうだって。」
「でもなぁ…。」

ハッキリしないな。
彼方らしくない。

「ん〜、まぁ、今のは忘れてくれ。寝るんだろ。邪魔して悪かったな。」
「……なんかすっきりしないな…。」
「いいから忘れろって。」

そういって彼方は笑いながらビールを飲むから、俺は諦めて目を閉じた。
目を閉じた瞬間、睡魔がどっと押し寄せてきて…。
俺はすぐにうとうとし始めた。


「……もし、今ここに亮太が来たら、お前…どうする?」


夢の中で、誰かがそう呟いた。