A true feeling




4





ふわりと変わらない亮太に包まれて何かの違和感を感じたけど、それ以上に自分の気持ちに改めて気付かされた。

3年前から…いや、もう高校の時から俺の気持ちは全く変わっていない。
亮太が好きだ。

「……瑞貴。」

でも彼には奥さんがいて、もしかしたら子供がいるかもしれなくて。
そう考えると、どうしても亮太の背中に手をまわすことは出来なかった。

ダメだ。
これ以上一緒にはいられない。
俺は、亮太のいい友達のままでいたかったんだ。
亮太には幸せになってほしかったから。
普通の幸せを彼には味わってほしかったから。
だから、友達のまま……まだ亮太の中で俺が友達の位置にいるその間に、俺はここに来ることを決めたのに。

どうしてお前が来てしまったんだ。
そして、どうして今更…こんなに優しく俺を抱きしめるんだ。

「…帰れよ。」
「瑞貴…?」

軽く亮太の腕を押し返すと、彼はすんなりと俺から離れた。

何かの違和感が、また俺を襲った。

「し、仕事はどうしたんだよ。」
「…今日は世間一般も休みだ。」
「……早く家に帰れよ。奥さんが待ってるんだろ。」

ふわりと空気が動いた、と感じた瞬間、俺は再び亮太の腕の中にいた。
相変わらず彼は暖かくて。
そして彼から伝わる鼓動も、何も変わらないのに。 でも、なんだろう。

以前と、何かが違う。

「……別れた。」
「え?」
「…2年前、離婚したんだよ。」
「………り、こん?」

思ってもなかった展開に、俺はそのまま固まってしまった。
だって、離婚って…。
別れたって…。

「そんなに驚かなくても…。」

苦笑してそう話す亮太を見て、俺はようやく違和感の正体を知った。

前は俺の予定なんてお構いなしにやってきて、それこそ強引だった亮太が。
今日はやけにしおらしい。
以前は必ずどこかに“他の女”を感じさせる物――たとえば香水だったり――があったのに。
今日は何も、感じない。

姿かたちは変わらないのに、何かが以前とは変わっている。

「…どうして…離婚なんか…。」
「別れようって言われたから。」

別れようって言われたから離婚した?

簡単にそう言われて、瞬間的にカッと血が上った。

「なん…だよそれ…。」
「瑞貴?」
「別れようって言われたからって、そんなに簡単に離婚って出来るもんなのか!?そんな軽い気持ちで結婚なんて出来るもんなのか!?」
「……。」
「彼女の事が好きだから、一緒にいたいと思ったから、お前は結婚したんじゃないのか!?どうしてそんな簡単に別れられるんだよ!!」

お前が結婚すると知った時。
考えて考えて、結局届いた招待状片手に結婚式に出た時。
あの時の俺の気持ちは、一体なんだったんだ?

今まで、どの彼女に対してもどこか冷たい態度で付き合っていた亮太が、結婚しようと決めた。
きっと、本当に好きな相手が現れたんだと俺は思った。
だったら、“友達”である俺は…笑って、祝福するしかないじゃないか。

「どうして…。」
「……なぁ瑞貴、知ってるか?」

突然声を張り上げた俺に驚いた顔をしていた亮太は、それでも穏やかな声でそう言った。

「…俺、お前と初めて寝たあの時から、誰ともやってないんだ。」
「…………え?」
「誰とも、出来なくなったんだよ。」

だれともできなくなった…。

頭の中でその言葉を理解するまでに随分の時間を要した。
そして理解して…でも、信じることは出来なかった。

「何言ってんだ?お前。」
「……本当の事だって。」
「だって…え、てことは何か。高校のあの時から誰とも…?」

んな馬鹿な。
亮太に限ってそんなことはないだろう。

俺があまりにも疑いの目で見るからか、亮太は諦めたような顔で笑った。

「俺だって初めは信じられなかったんだ。それまでは…それこそ来るもの拒まずだったから…。」

そうだろう。
俺の知っている亮太はそういう奴だ。

来るもの拒まず去る者追わず。
その典型のような生活をしていた。
よく憶えている。
それで俺は随分苦しんだんだから。

「駄目なんだ。何度試しても、どうしても出来ないんだ。なのに相手がお前だと全然問題ない。問題ないどころか…。」
「………。」

気を失う事なんかよくあった。
気が付いたら朝なんて事、毎回のようだった。

「どうしても信じられなくて、認めたくなくて、無茶苦茶な事をお前にしてきたけど…。それでも自分の気持ちに気づけなくて…。そんな時会ったのが洋子だった。」

洋子…。
それは亮太が結婚した相手の名前だ。

「あいつは……唯一お前に会わせる事がなかった彼女だ。」
「………え?」

俺が知るなかで、俺が会っていない亮太の彼女は、たしか北校の彼女だけだったはずだ。

「あいつは、何故かお前に会いたがらなかった。だから会わせる事はなかったんだけど…。今考えると、あいつは始めから分かっていた気がする…。俺が…。」

ふっと視線を下に下げたかと思うと、何度か息を吐く気配がして、そのまま信じられない言葉を聞いた。

「俺が、お前の事を好きだって事。」

………え?

「でも俺は自分のその気持ちに気づいていないまま洋子と結婚した。あいつは…それでも結婚生活は楽しかったと言ってくれた。お前が俺の前からいなくなってようやく俺が気づくまで、あいつは何も言わずにそれでもずっと傍にいてくれた…。」
「……。」
「そんなあいつを好きになれたらよかったのに、でも俺の中にはもうお前しかいなかった。だからあいつとは別れた。」
「……。」
「もちろん子どもなんて出来るはずもなかった…。」
「………。」

もうほとんど亮太の声は聞こえていなかった。
それくらい驚いて、信じられなくて。

亮太は絶対に俺の事なんて好きにはならないと思っていた。
いくら体の関係はあっても、こいつが男を好きになるなんて思っていなかった。

「瑞貴。」
「……えっ?」

気づいたら俺はまた亮太の腕の中にいた。
もう、突き放すことは出来なかった。

「お前が誰を好きでも構わない。必ず俺の事を好きにさせてみせる。だから……もう、俺の傍から消えないでくれ。」
「…………亮太…。」

強く強く抱きしめられて、声を出す事すら出来なくなった時、俺はようやく彼方がいつの間にかいなくなっている事に気が付いた。






「あいつがどうしてお前の部屋に来たか分からなかったのか?あいつに住所を教えたのは俺だよ。」

後日、彼方からそんな新事実を聞かされてしまった。
あんなに衝突していた2人なのに、実は仲が良かったのか?

「違うって。あいつのことなんかどうでもよかった。でも瑞貴の事はこのままほっとけなかったんだよ。高校の時からお前がどんな気持ちでいたのか知っていたのは俺だけだぞ?あいつが、どう考えてもただの男友達…しかも仲の良かったお前と体の関係を持つなんておかしいと思ってたんだ。」

わざわざ高校の同級生に亮太の住所を聞いて匿名で手紙を出したんだそうだ。
そこまで俺の為に考えていてくれたなんて知らなかった…。
俺は、なんて幸せ者なんだろう。
今までずっと、こんな幸せに気づかずにいた。
自分の事しか考えられなくて。

亮太とのことも…。

「で?めでたく両想いだったんだろう?付き合う事になったのか?」

いかにも興味津津といった感じに詰め寄られたけど、実は付き合うことにはなっていない。
だって、俺の気持ちはまだ伝えていないのだから。

「はぁぁ?なんでだよ?」
「……なんか、イマイチ信じられないというか、言いだすきっかけがないというか…。」

ずっと隠す事ばかり考えていたせいか、いざこの気持ちを表すとなるとどうしていいのか分からない。
それに、亮太が俺の事を好きなんだという実感もない。
信じられない。

「………お前はずっと我慢しすぎたんだよ。だからこうなった時に対応が出来ないんだ。」

まるで仕事の事を怒られているみたいで、少し緊張してしまった。
そんな俺に気付いたのか、彼方は言葉を切るとじっと俺を見つめる。
そしてしばらく沈黙が続いたかと思うと、おもむろに彼方はにやっと笑って言った。

「でもちょうどいい機会なのかもな、あいつを焦らしてやれよ。お前が悩んでいたこの数年分をあいつにも味あわせてやれ。」





やっぱり彼方と亮太はそりが合わないらしい。


その後も散々俺と亮太は彼方に邪魔をされ、ようやく恋人という関係になれたのは、それから見事に1年後だった。


end.