悩み  2





要は…休みか。
せっかく話を聞いてもらおうと思ってたのに…。
いつもより早めに大学に来た俺は、肝心の要に会うことが出来なくて、ため息をついた。

だって、1人で考えてても絶対悪い方向にしか進まない。
ただ分かってるのは……涼夜が好きだって事と、傍にいたいって事だけ。
でも…どうしてだろう。
不安で不安でたまらない。

いつか涼夜は離れていくって、考えている自分がいる。

「……どうしていないかなぁ…。要の馬鹿。」

そして再びため息をついた時。
その人はまた現われた。

「優さん。」
「………亜紀…さん?」

どうして俺の大学にとか、どうして俺の大学を知っているんだとか、よくこの人数の中俺を見つけられたなとか色々一瞬のうちに頭を過ぎったけど、それを口にする前に亜紀さんに腕を掴まれて引っ張られた。

「え?ちょ、なんですか!?」
「優さんと2人で、ゆっくりお話をしたいと思いまして。よろしいですか?」

すでに俺を引きずりながら言う台詞じゃないよそれ…!

「ちょ、ちょっとまっ…。」
「私、言ってみたい店があるんです。付き合ってくださいね?」

亜紀さんって、強引な人だったんですね…!






そして今、何故か俺は涼夜の元婚約者の亜紀さんと喫茶店で顔を突き合わせているわけだけど…。
亜紀さんは何が楽しいのかニコニコしたまま見るからに甘そうな飲み物をおいしそうに飲んでいる。
ちなみに俺はブラックコーヒー。

「あの…。」
「何でしょう?」
「…どうして俺の大学に?」
「ですから、貴方とお話をしたくて。」

そうではなく…。

「またいらしてください、と言って下さったのは優さんですし。」
「あ、あれは…。」

明らかに社交辞令の言葉ではないですかね…?
くすくす笑っている彼女は、その事を分かっていて言っているのか、本気なのかさっぱり分からない。

「迷惑でしたか?」
「え?いえ…そんなことは…。」

って、なんで否定してんの!?俺!
…なんか調子狂うなぁ…。

とりあえずコーヒーを飲んで落ち着こう。

「……優さんと涼夜さんは、いつお会いしたんですか?」
「え?」

亜紀さんは相変わらず笑顔を作っている。
でもいくら笑っているからって、心の中でも笑っているとは限らない。
……まぁつまりは、なんとなくその笑顔が怖いんですが。
誰かを思い出しそうで。

「だって、とても仲が良さそうに見えましたから。もう随分長い事付き合っていらっしゃるのではないかと思ったのですが。」
「……。」

出会ったのは…5年前。
桜の下。
俺も涼夜も当時の恋人に振られたばかりだった。

俺は記憶を失っていて…涼夜はそんな俺の面倒を見てくれていた。
1ヶ月間。
そう、たったの1ヵ月間だ。
その後俺は5年後の世界に戻って、再び涼夜と再会して…。
そしてそれから3ヵ月弱。

それが、俺と涼夜が一緒に過ごした時間。

期間にして約4ヶ月。
俺は、その間の涼夜しか知らない…。

「……。」
「…どうか…されましたか?」

ついそんな事を考えていたら、亜紀さんが不思議そうに覗き込んできた。
…その亜紀さんの手には新しい飲み物が。
いつの間にか飲み物が代わっている。
……相変わらず甘そう…。

「いつ頼んだんですか?それ…。」
「え?あ、これですか?優さんが考え事をしている間に。」
「…あ、はは…。すいません…。」

やっぱり笑顔が…怖いです。

「それより亜紀さん、俺と話がしたいって…。」
「ええ。…この間お会いしたときも、もう少し2人でお話させていただきたかったんですが…。」

あぁ…。
涼夜がやけに帰れ帰れオーラ出してたから…なぁ。

「でも、どうしてそんなに俺と…?」

むしろ涼夜と話したいんじゃ?
婚約解消の解消に来たぐらいだし。

「だって私、好きになってしまったみたいなんです。」
「……へ〜、好きに…。」

好きに…。
好きに……?

「………え?」
「ですから、好きになってしまいまして。」
「誰…を?」
「貴方をです。」

俺を好きに…?

「え?…ええ!?」

つい大声を上げてしまった俺は、それでもニコニコ笑っている亜紀さんを見て冷静になった。

「…え、と。……冗談ですよ…ね?」
「まぁ。女がこんな真剣に告白しているのに…恥をかかせるおつもりですか?」

だって、これおいしいですね、と言った表情と同じ表情で告白されても…。

「私は本気ですわよ?」
「………大変ありがたいんですが…。」
「ちょっと待ってください。」

本気なら尚更ちゃんとした対応をしたほうがいいと思って断ろうとした時。
急に亜紀さんは席を立った。

「…あの…?」
「返事は結構です。」

…はぁぁ?

「だって、断られる事は分かっていますから。態々そんな言葉聞きたくありません。」

なんだそりゃ!
じゃあ俺にどうしろと…。

「言ったでしょう?お2人を別れさせるつもりはありませんと。」
「……はい。」
「それは今も変わりません……ただ…。」
「ただ?」

ここに来てようやく、亜紀さんの表情が変わった。
少し頬を染めて…そう、恥らっているような…。
そして再び椅子に座ると、目を逸らして…言った。

「…一度だけ、一晩を過ごしていただきたいんです。」



…………………………………………。



「は?」
「ですから、私と…。」
「……私と?」
「…もう、こんなこと言わせないで下さい。」


はぁぁぁぁ!?


「ちょ、ちょっと待ってください?一晩を過ごすって…。」
「ですから、私とセックスしてください。」

渋ってた割にあっさり言ったよこの人!!

「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってください!」
「私は本気です。」
「いえ、本気とか本気じゃないとかそうではなくて!」
「私と一晩を過ごして下さったら、貴方の事はきっぱり諦めます。」
「………嫌だといったら?」

ようやくまたさっきと同じ笑みを浮かべると、亜紀さんは言った。

「して下さるまで、私は貴方を諦めません。」

どうしてこんな展開になっちゃったんだ…?






とにかく何とか断ろうとした俺をあっさりかわすと、ちゃっかり伝票を置いて亜紀さんは店を出て行った。
恐ろしいほどの笑みを浮かべたまま。

「……勘弁してくれよ〜。」

俺のことを好きになったって?
俺と一晩を過ごしてほしいだって…?
そんな事…。

「出来るわけないだろ〜。」
「へ〜。あれが涼夜さんの元婚約者か〜。」
「そうそ…。」

頭を抱えている俺に、とても聞き覚えのある声が耳に入った。
反射的に返事をした俺は、ガバっと顔を上げた。

「予想してたのと随分違う感じだったなぁ。」

さっき亜紀さんが座っていたその椅子に座ったのは。

「要!?」
「優も罪作りな男だね。」

甘そうな飲み物を飲んでいる、要だった。