悩み  3





「い、いつからここに…。」
「ん?ていうか先にここにいたのは俺。」

すっごい嫌そうな顔をしながらも甘い飲み物を飲んでいる…。

「…甘いの嫌なら、残しておけば…?」
「うん。そうする。」

じゃ、なくて!

「ずっとここにいたの?」
「そう。涼夜さんに呼び出されて。」

涼しい顔して結構驚くこと言うよね、要も!

「涼夜に…?」
「なんか悩んでるみたいだよ?優の様子がおかしいって。」
「……。」
「俺、ずっと言い続けてると思うんだけど…。」
「え?」

要はようやく飲むのを諦めたのか、手に持っていたコップをテーブルの端に寄せるとため息をついた。
それはそれはなが〜いため息を。

「涼夜さんは、優にベタ惚れだよ。」
「……。」
「…いいかげん慣れなよ。この台詞。」

赤くなった自覚はあるけど、俺はいつまで経っても慣れないよ!
その要の直球には。

「で、優が涼夜さんにベタ惚れなのも、分かってる。」
「う…。」
「きっと、あの人も分かってるんだろうね。」

あの人…。
亜紀さん…の事だよな?

「抱いてください、なんて…普通言えないだろうし。女の人は特に…。」

それも会って間もない相手に。

そう続けた要はそのままじっと俺を眺めてくる。

「あの人はきっと、本気だよ、優。」
「………。」
「どうするの?」

どうするも何も…。
そんな事、出来るわけない。

「…亜紀さんには、諦めてもらうしか…ないだろう?」
「どうやって?」
「……。」
「優が抱いてくれるまで、諦めないって言ってるよ?」

それはそうなんだけど…。
だからって…俺は、亜紀さんとなんて…出来ないよ。

「…涼夜さんには…。」
「っ、涼夜には…。」
「………言わないつもり?」
「………。」

こんなこと涼夜には…。
だって、怖い。
じゃぁそうしたらいいなんて…言われないとは思うけど、もし言われてしまったら…。

「…いいかげんにしなよ、優。」
「え?」

なんか…苛立ってるような声を出している要が信じられなくて、目を丸くしてしまった。
要、怒ってる?

「そうやって何でもかんでも自分ひとりで解決しようとして…。それじゃああの時と何も変わらないじゃないか。」
「…あのとき…。」
「5年前、優は涼夜さんを信じてなかった。きっとそれだけが理由ではないと思うけど、結局何も言わずに姿を消してしまった。そして今回もそう。あの女の人から言われた事をもし涼夜さんに言って、彼が離れて行ったらどうしようって思ってるんじゃないの?」

…ビ、ビンゴ。

「それって結局は涼夜さんを信じてないって事だろう?それは失礼だよ。これは優1人の問題じゃない。優と涼夜さん2人の問題なんだ。2人で解決しなきゃいけないことなんだよ。」
「……。」

5年前――といっても俺にとっては約3ヶ月前――の事を言われると痛い…。
それに関しては、反論のしようがないから。

「このまま何も行動しないでいたら5年前と同じ事を繰り返すだけだよ、優。」
「同じ事?」
「…言いたい事を言えずにいたら、いつか限界が来る。あ、すいません。アイスティー下さい。」

……まだ飲むんだ。

「涼夜さんも優も、ちゃんと相手に言わなきゃ。」
「……言ってなかったかな…?俺たち。」

飲みかけのブラックコーヒーを眺めながらそう呟くと、要はぷっと吹き出した。
俺…変な事言った?

「同じ様な事、涼夜さんも言ってたよ。」
「え?」

涼夜も…?

「まぁ、部外者の俺がどーのこーの言う事じゃないか。ごめん、なんか色々言っちゃって。」
「あ、ううん。むしろ感謝してるよ…。要は思ったことをきっぱり言ってくれるから。」
「……嫌味?」
「ち、ちがうって!」

慌てて弁解すると、要は声を立てて笑い始めた。
…なんか、いい様に遊ばれてる気がする…。






やっぱり涼夜に相談してみる!と意気込んで優は店を出て行った。
俺はさっき注文したアイスティーを飲みながら、先輩のほうに視線を移した。

「…どうしたんですか、さっきから黙り込んで…。」

優がこの喫茶店に入ってきたときから先輩は急に無口になってしまい、彼女がいなくなってからも動こうとしなかった。
相当参ってる様子の優が気になって俺はとりあえず席を移動したけど、先輩は何か考え事をしているようで一歩も動かなかった。
結局最後まで優は先輩に気付く事なく店を出て行ったけど…。

「要。」
「はい?」
「さっきの元婚約者見て、どう思った?」

何を考えてるのかと思ったら、その事考えてたんですか…?

「どうって…?」
「何でもいいから、どう感じた?」

どうと言われても…。

「はぁ。とりあえず…結構大胆な人なんだな、という事と…お嬢様って感じがしましたね。あとは…。」
「あとは?」

そう、あとは…。

「なんかあの笑顔とかが…先輩とそっくりでしたね。」

相手の事を諦めない、あの意志の強さとか。
自分のペースに巻き込むあの空気とか。

…なんか考えれば考えるほど似てる気がしてきた。

「まさか先輩の親戚〜とか言わないですよね?」

ストローでアイスティーを飲みながら先輩を伺うと、しばらく黙った後、笑いながら言った。

「親戚どころか、あれ俺の妹。」
「へぇ…いもう…。」

いもうと?
妹?

「…妹?」
「そう。妹。」
「……先輩、妹いたんですか。」
「なんかあんまり驚いてないね?要。」

先輩。
人は驚きすぎると逆に反応できないものなんです。

「え、てことは。先輩って実は、大変な資産家だったりするんですか?」

政略結婚って言ってたし。

「まぁ、実家はそこそこの資産を抱えてるけど。俺は勘当されたからね。関係ないよ。」
「…感動?」
「それはわざとだよね?」
「すみません。でもなんで勘当なんて…。」

初耳です。
でも考えてみれば俺は先輩の家族の事とか…何も知らない。
いや、知ろうとしなかった。
知れば知るほど好きになってしまいそうで、怖かったから。

俺は、先輩と付き合える日が来るなんて、思ってなかった。

……話し合いが必要なのは、俺達もかもしれない。

「俺はゲイだって言ったら勘当された。」
「………え?」
「昔から男にしか興味がなくて。それを言ったら2度と敷居を跨ぐなって。」
「…それは、いつですか?」
「う〜ん。確か、中学2年になるかならないかくらいかなぁ。」
「まだ義務教育中じゃないですか!」

ていうか突っ込みどころ満載!

「中学の時点でカミングアウトですか。」
「思い立ったら即行動。」
「で、中学生の先輩を勘当ですか。」
「行動が早いのは親譲りだからねぇ。ま、それからは親戚の家に居候させてもらってたんだけど…やっぱり高校は寮がある所を選んだよ。」

もうすごいの一言しか出てきません。
さすが先輩。

「でもそのおかげで要に会えたから結果的にはよかった。勘当はするくせに世間体を気にして勉強やら弓道やらやらされてた俺を助けてくれたのは要だ。」

それ、勘当って言わない気がしますが。

「でも妹の亜紀だけはいつも連絡をくれていた。あいつは兄想いだったからね。」
「で、先輩は妹想いなんですか?」
「いや。」
「え。」

今、すっごい即答で否定しましたね?
しかも何だか笑顔がいつにも増して輝いてます。
悪いほうに。

「あいつは本当に俺そっくりなんだ。顔とかではなくて中身が。」
「そうですね。むしろ兄妹って言われて納得しました。」
「だから俺はあいつがあまり好きではない。」

…自分に似ているから好きではない?

「それって同属嫌悪…。」
「要、あいつの事を好きになったら許さないからね?」

俺の言葉を完全に無視して先輩はそう告げた。
言われた俺としてはそんなことありえないんだけど、先輩は本気だ。
笑顔が怖い。

「俺は先輩が好きなんですけど…。」
「俺とそっくりの…しかも相手が女ときたら話は違うだろう?」

何がどう違うんですか。