桜の木の下で
7.
『…何か悲しいことでもあったの?』
『え?』
『いや、泣いてたから…。』
俺が声をかけると彼は何故か泣き止んだ。
『なん…でもない。』
『でも……。』
俺はそれ以上追求できなくて、桜の木の下に座った。
彼も隣に座った。
…穏やかな空気が流れる。
なぜだか…初めて会った彼の空気は心地よかった。
『なぁ、俺、----優って言うんだけど。君、名前なんていうの?』
『…俺は高橋要。』
『そっか。もしかして一年?』
『そうだけど。』
俺はそれを聞いて嬉しくなった。
『じゃあ同い年だ!俺さ、今年から1人暮らし始めたんだけど、まだ友達あんまいなくて寂しかったんだ〜。友達になってよ。』
そんな俺を、彼…要は、すごくまぶしそうに見つめた。
そして、言ったんだ。
『こちらこそ…よろしく。』
再び泣き出した要は、何故かすごく…嬉しそうだった。
◇◇◇◇◇
カナタと名乗ったあの少年に出会ってから、よく夢を見るようになった。
それはなんなのかよく分からない夢もあったし、すごく懐かしいような感じがするものもあった。
でもその度に涼夜は必死に俺を起こす。
俺が目を覚ますとすごくほっとしたように笑う。
何かあったのかと聞いてみても彼は何も教えてはくれない。
でも、あんな顔をされたら嫌でも気になってしまう。
俺たちが気持ちを確かめ合ってから、まだ数日しか経っていない。
それなのに、漠然とした不安が…俺たちを襲っていた。
「…優さん。」
涼夜は意外と独占欲が強かった。
カナタと会ったあの日、俺が彼に見とれていた事に気付いた涼夜はついカナタを睨んでしまったらしい。
なるほど、だからいきなり機嫌が悪くなったのか。
それより感心したのは、涼夜に鋭く睨まれても全く動じなかったカナタだ。
俺が見る限りでは、彼は平然としていた。
あれには涼夜本人も驚いたと言っていたから…本当に肝が据わっている奴なんだろう。
ちょっと尊敬するよ…カナタ。
「優さん。」
「ん…。りょ…。」
そして涼夜はキスが好きらしい。
二人でソファーに座っていると、必ず俺を抱き寄せて、キスをしてくる。
当然俺に拒否する理由は無く…。
「ん……ぅんっ…。」
「…優さん…。」
でも何故かそれ以上は進まなかった。
ただただそっと俺を抱きしめるだけで…彼は笑う。
その顔はとても幸せそうなのに…どこか不安があった。
「…なぁ、カナタ…。俺とどっかで会った事なんて…ないよな?」
「…ないですけど…。」
あれからカナタとはあの場所でよく会うようになった。
あの、桜の木の下で。
「だよなぁ。」
「……何かあったんですか?」
そして彼はよく俺達の事を気にかけてくれている。
とても…心強い。
「ん〜…よく分からないんだよな…。」
カナタには俺が記憶喪失だと言う事を伝えた。
もしかしたら何か俺についての手がかりが見つかるかもしれないから。
…収穫は…無かったけれど。
「…それにしては…なんか釈然としない顔ですね…。」
「だって…涼夜は何か知ってるような気がするんだよ…。」
「そうなんですか?…あの人、どう見ても優さんにべた惚れですから、隠し事してるようには見えな…って、真っ赤ですよ?顔。」
カナタは言葉が直球過ぎる…。
「そういえば涼夜さんは?今日、一緒ではないんですね。」
「ん?あぁ、今日から部活が始まるんだと。」
「…何の部活なんですか?」
「………剣道。」
「…なんですか、いまの間は。」
「だって…。」
一度、こっそり見た事がある。
剣道をしている姿を……といっても、写真だけど。
…なんていうか…。
似合いすぎている。
「はぁ…。つまり見蕩れてしまったんですね。」
「うぅ〜。そんなはっきり言わないでくれ〜。」
「はっきり言ったらすごく喜ぶと思いますよ?涼夜さん。…未だに俺の事、睨む時ありますし。」
どれだけ威嚇しても全く動じないカナタを気に入ってやっているとしか思えないけどな。
だって、カナタに会いに行ってると言ったら安心するように部活に向かったから。
かなり信頼されてるぞ。
逆に俺が妬いてしまいそうだ。
思わずそんな事まで話してしまうと、カナタに笑われてしまった。
しばらくそんなたわいも無い話をしていたけど、どちらからともなく会話は途切れた。
それは不快な沈黙ではなくて……むしろ、何か懐かしさを感じるもので…。
そしてそんな空気も途切れるのは突然。
今度はカナタの一言だった。
「…早く…桜、咲かないかな…。」
突然ポツリとカナタが呟いたその言葉は、やけに俺の耳に残った。
「桜…好きなのか?」
「はい。だから俺、よくここに来るんです。ちょっと家からは遠いけど……ここが一番…落ち着いて…。」
そういうと、まだ何も花びらをつけていない木を見上げた。
そんな彼の横顔を見ていると…何かを思い出しそうな気がする…。
…何かを。
「そういえば優さん、知ってますか?」
「え?何を?」
「この地に伝えられている…物語。」
「……物語?」
「はい。と言っても簡単なお話ですけど。」
「どんな話?」
「……奇跡のお話。」
何だかカナタからそんな言葉を聞くと、違和感を感じるな…。
「同じ時、同じ場所で、同じ体験をした者は…時をも越えて巡り会う。出会った二人は1月の時を過ごし…縁は決して切れない。」
「うん?」
何だって?
「つまり、奇跡のお話なんです。全く違う時間の中で過ごしていた二人が、同じ日、同じ場所で、同じ体験をすると、時間に歪みが出来て…本来あるはずのない出会いを果たすって。」
え〜と、つまり。
極端な話、100年前の誰かが100年前の今日この時間にこの場所で体験した事と、同じ事を俺が体験すると、その誰かと俺が出会うってことか?
ややこしい。
……それに、どうやって?
「そしてそれには桜の木が関係している。」
「桜の木?」
「はい。桜には何か不思議な力があるらしいですよ。桜の木の下には死体が…とかよく聞く話ですけど、それも何かの力によるものだと言われているとか言われていないとか…。」
「へ、へぇ…。」
「ま、所詮言い伝えですよ。きっと体験した人なんていないんでしょう。」
でも何か面白い話だな。
うまくいけば過去の人とか未来の人とかと会えるってことだろう?
うわぁ、ちょっと体験してみたいかも。
ん?
でも待てよ?
それって、歴史を変えてしまう事にもなりかねないか?