桜の木の下で




4.


1週間が経った。

あの後お互いの事には特に触れることなく家に戻った。
この後俺はどうしようかと色々考えていたんだけど…。

『しばらくうちにいませんか?行くあてとか…ないんでしょう?俺も優さんと一緒にいると楽しいし、なんか気持ち的に楽なので。あ、もうあんな事はしないので安心してください!!』

という涼夜のありがた〜い言葉に甘えることにした。
確かにどこに行けばいいのかは全く分からないし。
それに嬉しかった。
自分が必要とされている気がして。


そんなわけでココに住ませてもらってるわけだが…。

「いつまでもこのままじゃだめだよなぁ〜。」
「はい?」

学校はもう冬休みに入っているという涼夜と特にやることもない俺はほぼ一日ずっと一緒に過ごしていた。
そういえばここはたくさん部屋があるのにほとんど物置部屋と化しているらしい。
使っている部屋はリビングと寝室だけだそうだ。
その寝室も、やっぱりやけにでかいのだが…ベッドもでかかった。
これはあれか?
キングサイズか?
そして俺と涼夜はそのベッドで一緒に寝ている。
俺はソファーでいいって言ってんのに別に一緒でも狭くはありませんよ、と言って涼夜は毎晩俺をベッドに引きずり込む。
そして問答無用で俺を抱きしめて寝る。
おいおいちょっと待てと何度も抗議したが何故か奴は引かないため、俺は諦めた。

きっと仁って人ともこうして寝ていたんだろう。

でも俺はそいつではないから抱きしめても何の特もないと思うんだけど…。

とにかく。
いつまでも涼夜に頼っているわけにもいかない。

「俺の記憶、どこに落ちてんだろう…。」

ぽそりと呟いた俺の言葉は届いたらしい。
徐々に涼夜の肩が揺れだした。

「……おい。」
「いや…すいません…だって…。」

必死になって抑えようとしているその努力は認めよう。
全く隠せてないけど。
お前、笑いすぎ。

「よく笑うな…お前。」
「お…おれ、普段…こ、こんなに笑う奴じゃ……ありません…よ。」
「……。」
「や、ほんとに…。」

はぁ〜と大きなため息を俺がつくと、涼夜は笑いながら立ち上がった。

「気分転換に外でも出ましょうか。」

異議なし。
この時自分でもかなり嬉しそうな顔をした自覚がある。
しばらく俺の顔を眺めていた涼夜はしみじみと言った。

「…優さんって、ポーカーフェイスできない人なんですね…。」

悪かったな。






そしてやってきた場所は何故かデパートだった。

「えぇ〜と…?」
「優さんの服とか買いましょう。」
「…は!?」
「だって、いつまでも人の物着ていたくはないでしょう?靴とかサイズも合わないし。」
「……や、でも俺、お金持ってないし…。」

なんせ手ぶらだったからな!

「いつか返していただければいいですから。」

それは今のところ涼夜が会計をするということで…。

「や、いいよいいよ!!ただでさえ食事代とか何も払ってないのにその上服とか…!」
「だからそのうち返してもらえればいいですから。」
「いや、だから…!」
「じゃあまずは服から見に行きましょう!!」

だ、だから…ちょっと待って…!!
そんな俺の声なんて全く聞かずに涼夜は腕を引っ張りながら歩いていく。
てかなんでそんな楽しそうにしてんだよ…!!






結局服を何点かと靴を買っていただいてしまいました。
唯一の救いはブランド物とかではなかったことだ。
買った物を手渡され、トイレに押し込まれた俺は仕方なくそれに腕を通した。

「やっぱりそういう服のほうが似合いますよ。優さん。」
「…なんか面と向かって言われると恥ずかしいんだけど…。」
「だって事実ですから。」

ニコニコと笑いながらそう言う涼夜は本当に楽しそうだった。
そんな気持ちは伝染するらしい。
気付けば俺も笑っていて、そしてお礼も言ってないことに気がついた。

「えぇ〜と、涼夜、ありがとう。」

そんな俺をまぶしそうに見る涼夜の目が何故か頭から離れなくなった。






それから俺は明らかにおかしくなった。
涼夜が俺に笑いかける度に目が離せなくなるし、近くに来るとやけに緊張する。
そしてそれまで普通に一緒に寝ていたのに、腕に抱きこまれた瞬間、心臓がものすごい勢いで動きだす。
涼夜にも伝わってしまうんじゃないかってくらいに。

自分が一番戸惑ってしまう。
でもどこかで答は出ている気がした。

それをしっかりと自覚したのは2日後。

涼夜の目の前に、前触れもなく“彼”が現れた。






ピーンポーン。

「…?何の音…。」
「…誰か来たみたいです。」

昼ごはんの片付けをしていた時に、ここにきてまだ聞いたことのない音が突然鳴った。
どうやらエントランスで誰かがこの部屋のインターホンを押したらしい。
…どこにそんな物があったのか…全く気付かなかった。

「はい。」

リビングにあった電話(だと思っていた)…をとると相手の声が部屋に響き渡った。

『………涼夜?』

「……っ!」

涼夜が息を呑んだのが遠くにいた俺にも分かった。
その姿は明らかに動揺していて。

俺は、何故か、嫌な予感がした。

そして声が聞こえてこない状況に何を思ったのか、相手は再び口を開いた。

『…涼夜、ごめん。今更だとは思うんだけど…話をさせてもらえないか…?』

「…どうして来たんだよ…ここに。」

言葉を返す涼夜の声が、とても緊張していて…どこか鋭かった。
俺の心臓がまた、動き出した。
いつもとは違う…嫌な…。

『頼む…。入れてくれないか…?』

「………仁…。」

かすれた声で呼んだ名前は確かに聞き覚えのある名前で。


『どうして…仁…。』


あの時の切ない声まで頭の中に響いてきた。