Halloween party
5.
浮気現場って何だ浮気現場って。
その前にどっかで聞いた声だ。
俺がゆっくり振り向くと、そこには光るかぼちゃを持っている高橋がいた。
光るかぼちゃというか、それはあれだな。
「ランタン。」
「正解です。」
「…は、どうでもいいとして、どうしてここに高橋が…。ていうか、浮気ってなんだ。」
「言葉の通りですけど。」
もう一々反論するのも面倒臭くなってきた…。
大体浮気っていうのは付き合ってる相手がいる奴に使う言葉であって、俺には当てはまらないんじゃ…って、今はそんなことどうでもいい。
「ちょうどよかった。ここ真っ暗で何も見えなかったんだ。携帯の光にも限界があってさ。電気つけてほしいんだけど…。」
「あ、ここの電気壊れてるのか切れてるのか分からないんですけど、つかないんですよ。」
ようやく光が戻ってくるーと思ったのに、その希望は一瞬にして崩れてしまった。
「……まじで?」
「まじです。」
思わずため息をついてしまっても誰も咎めないだろう。
「で?どうして高橋はここにいるんだ?」
「いえ、トイレに行こうと思って。」
「……ここはトイレじゃないな。」
「そうなんです。」
真面目な顔で頷かれたけど、俺は意味が全く分からない。
どうしてトイレに行こうとしていたのに書庫にいるんだ?
ついでにその明りはどこで手に入れたんだ?
「いえ、トイレの場所が分からなくて。ちょうど廊下で会った女の子に聞いたら何故かここを教えられて…。電気つけようとしてもつかないし、ドアはこっちからは開かないし。携帯で周りを照らしながら歩いてたらこれがあったんでラッキーと思ってそばにあったマッチで火をつけたら声が聞こえたので来てみたら先輩の浮気現場遭遇です。」
……。
何からコメントしたらいいのか分からない。
「……とりあえず、その女の子って…。」
「ここの家の子みたいです。家の手伝いをしてるとかで。」
どっかで聞いたなぁ、それ。
さっきの男の子も手伝いをしてるって言ってたし。
「ところで先輩、腕に抱いてるその人は誰ですか?」
不思議そうに高橋にそう聞かれて、俺は倉田を抱きしめたままだった事に今更気づいた。
「あっ、悪い。」
震えは止まっていたのでもう大丈夫だろうと思って体を離したのに、倉田は何故か茫然としたまま固まっていた。
視線は高橋の方に向いている。
微妙に逸れてはいるけど。
「…どうした?」
「…え?あ、す、すみません!!こ、こんな近くで高橋君を見たの初めてで…!」
興奮している、というより何故か恐縮している。
なんか前触れもなく芸能人に遭遇してしまった人みたいだな…。
そういえば俺と会った時もそんな感じだった…。
そうか。
高橋は“高嶺の花”と言われてるくらいだからそういう反応が返ってきてもおかしくは…ない、のか、な?
「…倉田君?」
そして高橋が倉田の名前を言った途端、おもしろいくらいに倉田がうろたえ始めた。
「ど、どどどうして僕の名前…。」
「うん?文化祭の時、倉田君が描いた絵を見て感動したんだ。今まで絵を見てそんなこと感じたことなかったからよく覚えてる。誰が描いたのかな、と思って傍にいた部員の人に聞いたら教えてくれた。」
きっとその部員は佐川だろう。
あいつは文化祭の最中、ずっと部室の方に行っていたから。
「…そうなんだ。………うれしい。ありがとう…。」
少しはにかんだ様に笑った倉田は、今の会話で少し緊張が解れたのかやっと高橋が持っていた物に気づいたらしい。
「……そのかぼちゃ…。」
そして俺はその台詞で、この場所に入ってしまった時しきりに倉田がかぼちゃを連呼していたことを思い出した。
「そういえば、さっきやたらかぼちゃかぼちゃ言ってたけど…何かあったのか?」
「あ、あの……かぼちゃが…浮いていて…。」
……ん?
「…………。」
「ほ、ほんとです。ちょっと人に酔ってしまって廊下で休んでたんですけど…突然かぼちゃが追いかけてきて…。」
……えぇと、どういう事だろう。
俺はどういう反応を返したらいいんだ?
「……かぼちゃが浮いて追いかけて来たって事?」
「そ、そうです。」
倉田は嘘を言ってる感じじゃないし…。
そもそもこの状況ですらすら嘘を言えたら、それはそれで凄い。
「かぼちゃ…。正直信じられないけど…。う〜ん、まぁとりあえず今はここから出る事を考えよう。」
かなり強引に話を変えてしまったけど、仕方ない。
倉田もかぼちゃの事には納得がいかないみたいだけど早くここから出たいのも本当の事なのか、こくりと頷いた。
しかしかぼちゃかぁ。
「ところで先輩はどうしてここにいるんですか?」
かぼちゃのランタンを持ってる高橋がそういえば、といった感じで聞いてきた。
もしかして倉田が高橋から微妙に視線をそらしてるのはそのランタンの所為なのか。
よほどかぼちゃが怖かったのか。
って、とりあえず今はかぼちゃじゃなくて。
「俺は廊下で男の子とぶつかって。やけに重そうな本持ってたから手伝ってたんだけど…。」
あぁ、そうだ。
そういえばさっきの男の子、そのうちここに来るんじゃないか?
「……しばらく待ってればここに来るかも。」
「その男の子がですか?」
「他にも運ばなきゃいけない本があるとか言ってたから。」
そういえば俺が持ってきた本はどこにいった?
倉田に吹っ飛ばされた時にバラまいちゃった気がするけど…。
「じゃあ待ってましょうか。携帯も圏外ですし。へたに動き回るよりはいいかもしれな…。」
突然異変が起きたのはこの時だった。
それまで無風の空間にいたのに、耳元で何かが通ったような風を感じた。
それは高橋もそうだったようで、ふと言葉を切ると周りを見回している。
「……。」
いや、何が耳元を通って行ったのかは、分かってる。
ただ、そうだと認めたくないだけで。
だって、通り過ぎる瞬間、パラパラって音がした。
本を、捲るような音が。
「…あの、今の…。」
「言うな倉田。今必死に考えないようにしてんだから。」
そんな会話が出来たのは、それまでだった。
さっきよりもすごい勢いで耳元を本が飛んで行った、と思った瞬間、部屋中の本が一斉に飛び始めた。
「あ、ああああぁぁぁ!!!」
「な、んだこれ!」
言葉になってない倉田の叫びに驚く余裕がないほど、俺もパニックになっていた。
なにこれなにこれ!
本が飛んでる!
しかも、飛んでるだけならまだしも…。
「なんか、こっち向ってきますよ!」
そう。
一斉に飛び始めた本たちは、なんの迷いもなくこっちに向かって来た。
ようやく暗闇に慣れてきた目で必死に周りを見回しながら、俺はとにかく逃げた方がいい、という事だけ理解した。
「とりあえず走れ!」
あんな量の本がぶつかってきたら無事じゃ済まない気がする!
俺以上にパニックになってる倉田の腕を掴んで、俺の言葉に即座に反応した高橋の後ろを走った。
ランタンの明かりのおかげで足元が見やすいのはありがたいけど…そのせいで周りの状態もよく分かるわけで…。
なんなんだこれ!
確かに本なのに、それはまるで意志を持っているかのように自由に飛び回っている。
そして明らかに俺たちを追ってきていて…。
「せ、せせせせんぱい!ほん、ほんがぁ!」
最高に混乱している倉田の声を聞いて、もしかしてさっき倉田が言っていたかぼちゃもこんな感じだったんじゃないかと思った。
だとしたら、相当怖いぞこれ!
「あっ!」
しばらくそのまま走っていたら、ふいに高橋が声を上げた。
それに気を取られたのか、それとも足に本が当たったのか、倉田がバランスを崩して床に倒れこんでしまった。
そうなると倉田の腕を掴んでいた俺もバランスを崩すわけで…。
思わず後ろを振り返った瞬間、恐ろしい量の本が、何のためらいもなく倉田の方に向かってきているのが目に映った。
立ち上がって逃げる暇はない。
そう判断した瞬間、俺は倉田を腕の中に引き込んだ。
「…いっ!」
「先輩!」
背中に、言葉では表現できないほどの衝撃を感じた。
それがさっき見た大量の本が当たっているせいだというのは分かっていたけど、どうすることもできない。
腕の中で倉田が泣きそうな声で叫んでいる。
こいつが俺より小柄な奴でよかった。
そうじゃなきゃいくら俺が庇ったところで意味がない。
そんなことを考えてる間も本は容赦なく背中にぶつかってくる。
いつまでこの痛みが続くのかと思った時、ふっと本が止まった。
顔を上げると、高橋が持っていたランタンを俺の周りで振り回していた。
ちょっと熱いとか言ってる暇はない。
俺は倉田の腕をもう一度掴んで立ち上がった。