Halloween party
4.
「わっ!」
「いたっ!」
分からないことをただボーと考えてても仕方ないからと、聖也と徹に一言言ってから俺は部屋を出てぶらぶらしていた。
結局考え事をしながら歩いていたら、突然横から走ってきた子供にぶつかった。
俺はともかく相手は派手に転んでいた。
ここは廊下が複雑に入り組んでいて、どこから誰が飛び出てくるか分からない。
さっきから何度も人にぶつかりそうになっている。
「ご、ごめん。大丈夫?」
「うん〜…。お尻うっただけ〜…。」
立ち上がるのを手伝って改めてその子を見ると、さっき俺がお菓子をあげられなかった男の子だった。
「あれ、さっきの。」
「え?……あー!いたずらのお兄ちゃんだー!」
いたずらのお兄ちゃんってなんだ。
「ここでなにしてるのー?」
小さく首を傾げてそう聞いてくる姿は、とても可愛かった。
……やっぱりこういうポーズは小さい子がやると可愛いもんだよな。
「ちょっと歩いてただけだよ。君は?」
「ここねー、ボクのおうちなのー。だからねー、お手伝いしてるのー!」
ここの子だったのか。
……て言うか。
この家、人が住んでたんだ…。
まぁ所詮噂は噂だしな、うん。
「偉いなー、お手伝いしてるのか。」
「うん!」
「ところでその本は何?」
俺とぶつかった拍子に落とした本はこの小さい子が持つには大きくて分厚くて、しかも量が多い。
どうやって持ってきていたんだろう。
「お母さんに“しょこ”にもっていってくれって頼まれたのー。」
「…これ全部?」
俺が持つとしても相当大変だぞ、これは。
「うん!」
「…………俺も手伝うよ?」
どうやって持っていたのかは気になるところだけど、ここで見なかったふりをすることはできないだろう。
ぶらぶら歩いていただけだからちょっとくらいの寄り道は大丈夫だ。
「いいの…?」
「いいよ。」
俺がそう頷くと、男の子はぱっと明るい笑顔になって、なんとも恐ろしい言葉を発した。
「じゃあね、じゃあね、僕残りの本を運ぶね!!」
「……残りの、本?」
「うん!あとね、これくらいの本が4つくらいあるの!」
この4倍の量の本が…まだあるの…か?
「じゃぁ、僕とってくる!」
「え、あ、ちょ、まっ…。」
「お兄ちゃんはその本をよろしくね〜!」
「よろしくって……書庫室ってどこに……。」
足速ぇ…。
…………。
ていうか、あの子の母親は何考えてんだ?
あんな小さな子にこんなありえない量の本を運ばせるなんて。
……。
いや、それより、どうして今日これを書庫室に移動する必要があるんだ?
一応今日はパーティーの日だろう?
「……書庫って、どこだよ…。」
あの子が戻ってくるまで待ってた方がいいよな…。
下手に動きまわると迷いそうだし。
それにしても…。
この本…俺、持てるかな?
「うわっ、重!!何これ!」
「……大丈夫?」
「へっ!?」
後ろから突然、女の子の声がした。
ありえないくらい驚いて、また本を床に落としてしまった。
「あぁ〜…。やっちゃった…。」
「…大丈夫?……ごめんなさい…。」
「あ、いや。俺が驚きすぎただけだから。」
そう言って振り向いて見た女の子は、さっきの男の子より少し年上くらいの…それでも小学生くらいなのに。
「私も手伝おうか?」
どこか、大人びている。
「いや、大丈夫だよ。……あ、そうだ。書庫室ってどこかわかる?」
「うん。そこを右に曲がってすぐ左にある部屋がそう。」
めっちゃ近かった!
「ありがとう。」
「ううん。………もしかしてそれ、頼まれ事?」
「え?うん…そうだけど…。」
頼まれごとっていうか…俺が勝手に首を突っ込んだともいうけど。
「trickに、気をつけて。」
「え?」
女の子は俺の顔を見上げてそう言った。
もちろんその意味がわかるわけもなく、何の事か聞き返したけどその答えは返ってこなかった。
「今日はみんな、ざわざわしてるの。」
「皆?ざわざわ?」
「それで、遊びたいんだよ。」
さっぱりわからない。
「でもそれは、人によってはとても危ないことなんだって。お兄ちゃんは、大丈夫かな?」
まるで謎かけのような言葉を残して、その女の子は走って行ってしまった。
「何だったんだろう…。」
Trick?
ざわざわ?
危ない?
……これもあの子の“遊び”なんだろうか。
「とりあえず、これ持っていかなきゃ…だよな。」
床に散らばったままの本を見て、俺はため息をついた。
「えーと、書庫書庫…。あ、これか?」
やたら重々しそうな扉に手をかけると、見かけ倒しのようにすんなり動いた。
ちらりと中を覗いてみると、確かに本棚が大きい部屋にぎっしり敷き詰められている。
もちろんその中には大量の本が納まっていて、ここだけで本屋が2つは開けるんじゃないかってくらいだ。
ていうか、多すぎだ。
「…で、この本をどこに返せって?」
こんなに広―い部屋のどこにこの本が入っていたのかなんて、一目見ただけでは分かるはずもない。
「どうしたもんかな…。とりあえず電気…。」
手探りで壁を探っていた時、静かな廊下をすごい勢いで走ってくる足音が聞こえた。
…しかもそれはこっちに近づいてきている。
「……なんとなくイヤーな予感がするなー…。」
ポツリとそう呟いて、さっさと電気をつけようと足を踏み出した時。
「あっ!鈴森せんぱ――い!!!!」
と、いう言葉と共に、背中に衝撃を感じた。
そして気付いたら、書庫の中に俺は倒れこんでいて、扉は閉まっている。
当然電気も見つけられず、目の前は真っ暗だ。
でも、背中に何かが張り付いているのは分かった。
「いてぇ…。」
「か、かぼちゃ!かぼちゃが…!!」
“何か”は人間らしい。
いや、人間じゃなかったら困るけど。
それにさっきの叫び声から察するに、知ってる奴だ。
誰だ。
しかもかぼちゃって…。
「……とりあえず何か光…。ケータイ出すか。」
よかった。
携帯は無事だ。
パコンと携帯を開き、後ろに張り付いている人物を照らしてみた。
「…あ、佐川の後輩。」
倉田だった。
「……倉田です…。」
「あーごめんごめん。倉田、な。とりあえず離れてくれないか?」
このままじゃ俺、身動きできない。
「あ…ご、ごめんなさい!で、でもかぼちゃが…。」
だからかぼちゃって…。
「とりあえず落ち着け。電気つけてからゆっくり……。」
………。
……………。
「…倉田。」
「ご、ごめんなさいごめんなさい。でも僕、暗いとこ苦手で…。」
そうなのか?
確かに僅かに身体が震えてる気がするな…。
ゆっくり体を起こした俺に、倉田はギュッとしがみついている。
その背中に、俺もゆっくり腕をまわした。
「大丈夫だから落ち着け。」
「…は、はい…。ごめんなさい…。」
ポンポン、と背中を叩くと、倉田から力が抜けていくのが分かった。
人肌が安心するって本当なんだなぁ…。
「あ〜。浮気現場はっけーん」
しばらくそうしていると、突然暗闇の中から声がした。