Halloween party
6.
「先輩、こっち!」
そう言ってランタンを放り投げた高橋を、もう何も考えずに追いかけて走った。
たどり着いたのは、壁。
行き止まりかと思ったけれど、高橋が力を入れて押すと、ガゴッという音がして壁が動いた。
とにかく飛び交っている本から逃げるために、あいた空間に体を滑り込ませる。
全員入ったのを確認して、再び高橋が壁を元に戻した。
「………。」
三人分の荒い呼吸だけが響く。
突然の出来事に俺たちは床に座り込んだまましばらく放心状態だった。
その沈黙を破ったのは倉田の、泣きそうな声だった。
「す、鈴森先輩……せ、せなか…。」
「…あぁ、大丈夫大丈夫。」
「ごめんなさ…。」
実はすっげぇ痛いけど。
明らかに辞書だろう本の角が勢いを落とさずに当たった時は叫びそうだったけど。
今にも泣きそうな倉田の声を聞くと、そんなこと言ってられない。
「大丈夫だって。覚悟してたほど痛くはなかったし、すぐ高橋が追い払ってくれたし。それより倉田は?足に当たったんじゃないの?」
あの後、腕をひっぱりながら走っていた時、明らかに足を庇っていた。
ふるふると首を振る倉田を無視してズボンの裾を上げてみると、あきらかに左の足首が腫れている。
そのまま靴下を下げると、その部分は赤くなっていた。
「うわ、なにこれ。何が当たったらこんななるんだ?あ、それとも捻った?」
これじゃあ歩くのもつらいんじゃないだろうか。
「何かで冷やした方がいいですね。」
高橋が周りをきょろきょろしながらそう言うが、冷やすもんなんて何も…。
「はい、これ。」
「あ、サンキュ…。」
突然横から濡れたタオルが差し出され、思わず受け取って倉田の足首に当てた。
……あれ?今、女の子の声が…。
「…えっ?」
タオルが差し出された方に視線を向けると、書庫に行く前廊下で会った女の子がにこにこしながら俺の隣に座っていた。
「え、さっきの…子だよね?」
「うん。」
「どうしてここに……っていうか、ここどこ?」
そういえば周りが明るい。
「お兄さん達が追いかけられてるの見たから。」
「さっき、走ってる時にこの子がこの部屋に入る入口を教えてくれたんです。」
説明してくれた高橋の言葉で漸く納得した。
あぁ。
あの時の高橋の「あっ!」は、この子を見つけた時の声だったのか。
「この屋敷はあちこちに仕掛けがあるの。さっきみたいな隠し扉はあの書庫には沢山あるんだよ。」
「そうなんだ…。」
仕掛け…てことは、さっきの飛ぶ本にもなにか仕掛けがあるってことか?
それにしては全く容赦がなかったぞ。
「いつもはあんな事ないんだけど、今日は…。」
女の子が何かを言いかけていたけど、急に表情を変えると立ち上がった。
な、なんだ?
「ごめんなさい。私もう行かなきゃ。とにかく気を付けて。今日は何が起こるか分からない。」
俺の顔を見つめてそれだけ言うと、走って部屋を出て行ってしまった。
「……な、んだったんだ?」
「さぁ…。」
肝心な事は何も分からないまま、また俺たちは三人だけ取り残されてしまった。
「それより倉田大丈夫?」
「え、あ、はい。大丈夫です。」
それにしても、この屋敷は一体何なんだろう。
仕掛けが沢山あるとか言ってたけど、一体何のためにそんなもの作ってるんだ?
もしかして、さっきの書庫のドアが内側から開かないのもその仕掛けの一種なのかも。
いや、今はそんなことより。
「とにかく皆のところに戻ろう。さっきの子が普通にドアから出ていったから、この部屋は内側から開かないなんて事はなさそうだし。」
「そうですね。先輩も心配してるかもしれませんし…。」
はっ。
そうだよ。
あれからどれくらい時間が経ってるのか分からないけど、聖也と徹の事だ。
探しに来ないとも限らない。
ああぁぁ…また二人に色々言われそうだなぁ…。
それに日向先輩からも睨まれそうだなぁ…。
…早いとこ戻らないと。
「ただ、この家…やたら広いですからね。今いる部屋がどこの部屋なのかも分かりませんね。」
「まぁ広いって言っても所詮家だし。ぐるぐる回ってればそのうちたどり着くだろ。」
と、あえて楽観的に考えていたんだけど。
その考えは10分後には覆されることになる。
「………。」
「………。」
「……倉田、足…大丈夫か?」
「あ、はい…。」
「…辛くなったら言えよ?」
「そういえば相当歩いてますからね。長い廊下ですね。」
高橋がそう呟くのも仕方がない。
さっきの部屋から出て、もうかれこれ10分はうろうろしている。
所詮家、とか言ったけど、この広さは尋常ではない。
もう迷路だ。
同じところをぐるぐる回っている気になってくる。
……同じところを、ぐるぐる…。
これは直感というものだろうか。
普段はそんなわけあるか、と否定してしまうはずの事なのに、何故かそれが答えのように思えてくる。
そう。
さっきから何度も何度も同じ方向に曲がっている。
その度目にするのは、曲がる前と同じ風景だ。
ドアも窓もない、ただ曲がり角が続いている、廊下。
「……。」
「先輩?どうしたんですか?」
ふと足を止めた俺を振り返って、不思議そうに高橋がそう言った。
「…なぁ、さっきから同じところを歩いてる気がするんだよ。」
「え?」
倉田が不安そうな顔でこっちを向く。
どうでもいいけど、高橋からは全く焦りとか不安が感じられない。
肝が据わっているというか何というか…。
「もう10分くらい歩いてるはずだけど、何回も同じ方向に曲がってるし。」
「そうでした?」
高橋が首を捻る。
「そうだって。曲がる度に同じ道がまた続いてて、さっきからその繰り返し。」
「……そう、でした?」
今度は倉田も首を捻る。
え。
二人から否定されたら逆に不安になるんだけど…。
「…あれ?言われてみれば、さっきから同じ方向に曲がってたような気が…。……あれ?」
高橋が不思議そうに呟く。
その横では倉田がなにか深刻そうな顔をしている。
「……鈴森先輩、今俺、完全に忘れてました。」
「え?何を?」
「今日、パーティーに来てた事とか、さっきの部屋の事とか、今どこに向かっているのかとか。」
…は?
「…今先輩に言われるまで、ずっと同じような所を歩いてる事、どこに向かっているのかってこと……全く疑問に思いませんでした。」
「…………倉田も?」
もうこの世の終わりと言ってもいいほどの顔色をしている倉田は俺の質問にこくりと1回頷いた。
それからは沈黙が流れる。
おかしいおかしいとは思っていたけど、これは一体何なんだろう。
そもそも、あの招待状からしてやっぱりおかしかったんだ。
今更考えても仕方ない事だけど。
『…なんか変だよな。このパーティー。』
急に聖也の言葉を思い出した。
聖也は結構早い段階から何かがおかしいと感じていた。
それは強ち間違っていなかったってことか。
それにしても、どうしてさっき出て来たはずの部屋にすら、行きあたらないんだ?
「…外から見た感じでは、ここまで大きい家ではなかったですよね?」
高橋の言葉にはっとした。
こんな時に意識を飛ばしてる場合ではない。
「そうだな。10分歩いても行き止まりにならないほど大きくはなかったな。」
また、沈黙。
そして、ふっと気づいた。
倉田が何も話してない事に。
いつの間にか座り込んでいた倉田の方を見てみると、壁にぐったりと寄り掛かっている。