First love 後編
俺は神様なんて信じてない。
奇跡なんて起こらない。
幼い頃、両親に先立たれ精神的にボロボロになったという友人を知っている。
そいつは中学、高校でも波乱の生活だったらしい。
でもそいつは立ち直った。
そう。自分の力で。
結局、神様なんていないんだ。
自分の力で何とかしなければいけないんだ。
でも。
自分の力でどうにもならない時は、どうすればいい?
そんな時。
人は奇跡を信じる。
起こるはずも無い奇跡を。
俺は今、奇跡を信じる奴の気持ちが分かってしまった。
あまり分かりたくはなかった。
「んぅ…!!」
どんなに頭を動かそうとしても。
暴れようとしても。
びくともしないこの状態がどれほど恐怖かなんて事、知らなかった。
この後に何が待っているのか分かっているから、余計に。
知らない男に組み敷かれ、
口を塞がれ、
動きを封じられ、
吐き気と戦い、
俺は真の名前を呼びながら、
奇跡を待っていた。
―――こんなことになるなら、嫌われることに怯えてないで俺から無理矢理にでも真に迫ればよかったのかな。
後悔なんてしても、もう遅いけれど。
いつの間にか目をつぶっていた俺に、男は着々と作業を進めている。
一体こいつに何人の奴が襲われたんだろう。
考えたくも無い。
そして、男に膝を押し付けられた時、過剰に体が震えてしまった。
「―――んんっ!!」
き も ち わ る い
頭ではそう思っていても、所詮俺は男で。
あそこは膝で刺激され、口内を舌で犯されているこの状況に、体は確実に反応している。
「ふっ…。」
思わずそんな声を出した時、男が笑ったのが分かった。
―――悔しい。
こんな奴に好き勝手される事が悔しくて情けなくて。
目から何かが零れ落ちた時、突然体が自由になった。
「っ…え…??」
ガン!!
大きな音がした後、ぎゅっと何かに抱きしめられた。
当然体は強張ったが覚えのある香りがして、一瞬の間に力は抜けた。
―――どうして。
「直…。」
ただ、俺の名前を呼んで抱きしめる。
「どうしてココに…」
―――真。
何もできずに抱きしめられるだけの俺に、真は顔をゆがめた。
どうしてそんな…
「ゴメン…直。ゴメンな。」
泣きそう顔で、謝るんだ?
「真…?」
ゆっくりと俺を解放した真は今度は急に顔を赤くして目を逸らした。
…顔を赤く?
「何…。」
「直…とりあえず…服……着てくれ。」
「服?着てるじゃないか…」
そこまで言って、フと自分の姿を見直してみた。
シャツはボタンがすべて外され、腕に引っかかっている状態で。
ほぼ上半身裸だ。
おまけにズボンはベルトが外され、チャックも半分近く開いていた。
…あいつ……いつの間に…!!!!
俺が慌てて服を直している間、真はあの男に何かを囁いていた。
そういえば、さっきの大きな音は、あいつが壁に叩きつけられた時のだったのか…。
真が…ふっ飛ばしたんだよな…?
「…分かったらとっとと失せろ。」
真のそんな低い声が聞こえたと思った瞬間、男は血相を変えて逃げていった。
「……一体何を言ったらあんなに怯えるんだ…?」
この疑問は一生解ける事はなかった。
「とにかく、直に話したいことがあるんだ。俺の家に、来てくれないか…?」
服を直した俺に、さっきの低い声など微塵も感じさせない調子で言った。
「あぁ…俺も…聞きたいことあるし…。」
自分の気持ちを、すべて真に伝えよう。
「行く。」
やっと、真の顔に笑みが浮かんだ。
「おじゃま…します。」
もう二度と入る事は無いだろうと思っていた真の部屋。
相変わらず綺麗な部屋だ。
いつも通りに床に座ろうとした俺は真に腕を引かれ、なぜかベッドの上に座らされた。
「真…?」
あれから一言も話さない真がおかしいとは思ったが、そういえばまだお礼も言ってなかった事に気付き、口を開いた。
「さっき、ありがとな。助かったよ。でも、どうしてあそこに…」
いたんだ?
と聞く前に、口で、口を、塞がれた。
「………!?」
目を見開いた俺をじっと見つめながら真はするりと舌を入れてきた。
何だ何だ何なんだ。
今まで一度も無かったのに、なぜ別れを告げられた後にこんな事になってんだ!?
「んっ…まこ…と……っ…。」
何度も何度も角度を変えて唇を合わせる。
真の顔を見ていられなくなって、ぎゅっと目を閉じた俺は当然分からなかった。
どんな目で、真が、俺を見ていたかなんて。
力が抜けて、頭がボーとしてきた頃、やっと俺は解放された。
唇を離すとき、飲み込みこれなかった唾液を舐め取ることも忘れずに。
何で真は俺にキスしてきたんだろう。
ぼんやりとそんなことを考えていた俺は、気付けばベッドに押し倒されていた。
「直…。」
やっと声を出したと思ったら、真は突然ズボンの上から俺に触れてきた。
「えっ!何…まこっ…。」
「直…。」
やってる事とは対照的に、真面目な顔をしている真を見て、とっさに言葉が出なかった。真はその隙に俺のズボンの中に手を入れて、じかに触れてくる。
いや、触れられたと言うよりむしろ握られた感じだ。
「ま、真!!」
ちょ、やばいって!
相手が真ってだけであんなにキスも気持ちよかったのに、そんなとこ触られたら…!!
そんな制止の声は聞かずに手を動かしてくる。
「あぁ…っ!!」
ヤバイ。
気持ちよすぎる。
もう訳が分からなくなって、とにかく目の前の真にしがみつくことしかできなかった。
そんな俺に何を思ったのか、おもむろに真は言った。
「直…かわいい。」
ズクン。
何か、きた。
何か腰にきた。
一瞬で体温が上昇したのが分かった。
何だ今のは。
あの男に同じ事を言われた時は嫌悪感しかなかったのに。
「いいよ。いって。」
いつの間にボタンを外したのか、俺の素肌に直接手で触れながら、また唇を合わせてきた。
「…っんん…。ふっ……。」
熱をどこにも逃がす事ができずに、ただ、真にしがみつく腕に力をこめる。
そんな俺にふっと笑うと、少し唇を離して、また囁いた。
「直…いって、いいよ。」
その瞬間。
意識が飛んだ。
ぐったりと体中の力が抜けた俺は、ボーと不思議な気分で真を見ていた。
どうして真はキスなんてしてきたんだろう。
どうして真はあんなことをしてきたんだろう。
…どうしてそんなに、泣きそうな顔をしているんだろう。
……分からない。
真は隣に座ると、俺の髪をやさしく指でとかし始めた。
…謎がまた一つ増えた。
「直。ゴメン。堀田から全部聞いた。」
「え…。何…を?」
昼休み以降姿が見えないと思ったら、真と一緒にいたのか…。
「俺さ、怖かったんだ。」
「怖かった?」
「…ずっと、直が好きで。それこそ一目ぼれみたいなもんで。」
それは初耳だ。
「でも、絶対この気持ちが通じることなんてないと思ってた。」
「……。」
「だから受け入れてくれた時…すっげー嬉しかった。」
うん。
俺も嬉しかったよ。真。
「会う度に好きになって…直に触れたくなって…。そんである時気付いた。このままじゃ、いつか絶対に、お前を壊す。」
「壊す…?」
「知らないだろ?俺、お前を見るたびに無茶苦茶にしたくなる。組み敷いて、俺しか見れないようにしたくなる。――…お前が堀田と話してるだけで嫉妬するような俺じゃ、いつか離れていくだろ?」
「―――…。」
知らなかった。
そんな事、真が考えていたなんて。
俺といる時はいつも冷静で、本当に俺のことが好きなのか疑っていたくらいなのに…。
むしろ遊びなんだと思っていたくらいなのに。
…うん、なんか、ごめん。真。
「だから必要以上にお前に触れないようにして…。でも直がそれに不安を感じてるなんて気付かなかった。」
明良…。
お前は一体どこまでしゃべってくれたんだ…。
「まさか、中一の時から俺のこと好きでいてくれたなんて事も、知らなかった。」
「――――――!!!!」
そこまでばらしたのか――!!
明良―――!!!
一気に顔を赤くした俺に真は軽くキスをした。
それがさっきの出来事を思い起こして気が遠くなりそうだった。
恥ずかしすぎる。
「俺さ、実を言うと今まで本気で好きになった奴なんていないんだ。それこそ来る者拒まずみたいな感じで。だから直の事好きになってどうしたらいいのか分からなくなって。もうどうしようもなくて。怖くて、逃げた。最低だよな。その後姉貴と外歩いてたらいつの間にか俺に彼女ができたとか噂流れるし…。」
自業自得か。
真はそう呟いたが、それどころじゃなかった。
「姉…?」
彼女じゃなかったのか…。
そういえば聞いたことあるな。美形家族で、その一家が外を歩いた日にゃ有名人でも現れたのかってくらい人の視線を集めるって。
いや、それは言いすぎだと思うけど。
「でも…俺にそんな噂が流れても、お前何も言わないし。」
ポツリと言ったその言葉に、やっと俺は発言した。
「そりゃ…別れた後だったし…。これ以上嫌われたくなかったし…。」
抱きしめられた。
「あいつに色々言われたよ。」
「…明良に?」
俺が名前を呟くと、とたんに真の眉間に皺が寄った。
…おもしろい。
「さんざん俺の事けなして追い込んで、無理矢理全部吐かせた挙句、大爆笑して帰って行ったよ。」
大爆笑って…
明良…。
「でも、おかげで目が覚めた。怖がらないで、全部伝えようと思って、お前の家に向かったんだ。」
「そう…だったんだ。」
「向かってる途中、お前の携帯が落ちてて…。」
えっ?
落としたっけ?
「何かあったのかと思ってあちこち探してる時…今でも信じられないんだけど、光が見えて…。」
「光?」
「雨が降ってる中、その光がやけにはっきり見えて。まるで神様が導いているようにそっちの方に向かって行ったら…お前があんな目にあってて。」
「そ…だったのか。」
「…後から気付いたんだけど、光に向かって行った瞬間、携帯が消えたんだ。あの時はそれどころじゃなくて、頭に血が上って。あの男を殴ってた。」
「……。」
「お前見たら、目は潤んでるし、服は着てないし…。あんな状況だったのに我慢できなくなって、部屋に着いたとたん暴走しちまった。」
あぁ…。だからあんな事に。
「お前がいった後、まだ何も伝えてないことに気付いて…ごめんな、直。」
「いや…そりゃ…多少びっくりしたけど。でも、嬉しかった。」
「嬉し…かった?」
「ずっと…俺も、真に触れたかった…から。」
「―――…。」
「真…?」
なんか恥ずかしくなって真から目を逸らしていたが、何も言葉が返ってこない事に不安を感じて顔を上げた。
なぜか真は呆然としていた。
「お前…かわいすぎる…。」
…はい?
しばらくお互い固まっていたが、次の瞬間、奴はにやりと笑った。
「俺、これからは遠慮なんてしないからな。覚悟しとけよ。」
そしておもむろに真面目な顔をすると、両手で俺の顔をつつみこんだ。
心臓の音がうるさい。
「直が好きです。俺と付き合ってください。」
「―――…。」
顔を真っ赤にして、小さく「はい。」と答えた俺に
真は綺麗な笑顔を見せてくれた。
次の日さんざんからかわれたけど、明良にはとても感謝してる。
明良が真に話をしてくれなかったら、俺はあのまま、あの男にやられていただろう。
真とまた付き合う事はなかっただろう。
…ただひとつ。
真があの時見つけた携帯は、ずっと俺の鞄の中に入っていた。
あの後、二人で確認したから間違いない。
じゃあ、あの携帯と光は一体何だったのだろうか。
俺はずっと、神様も奇跡も信じていなかった。
でも、あれは奇跡だったのかもしれない。
そう思える。
その『奇跡』が何だったのか。
それはまた、別の話。
End.