First love 前編
神様とか奇跡とか。
俺は信じていなかった。
あの日まで。
あいつに彼女ができた。
俺と別れて1週間後のことだ。
あいつは元々女が好きで、俺と付き合う前は来るもの拒まずの遊び人だった。
結局俺も遊びだったのだろうか。
告白をしてきたのも、別れを告げたのもあいつだった。
「え?」
「いや…だから…お前のことが好きなんだけど…。」
「……。」
夏休み直前の放課後。
たまたまお互いの用事が同じ時間に終わり、たまたま一緒に帰ろうかという雰囲気になったときだった。
直(なお)。と呼ばれ、振り向いたその時、いきなり告白をされた。
今日はいい天気だな。とでも言いそうな軽い調子で。
でも俺は不覚にも言葉が出てこなかった。
それくらいの衝撃だった。
だって…
「いや、男相手におかしいとは思うけど…。これでもずっと悩んでたんだぜ?お前はずっと友達だったし…。」
俺も、ずっと、こいつ……真(まこと)の事が好きだったから。
「ためしに色んな女と付き合ってみたけど、いつでもお前の顔ばっかり浮かんでくるし…。」
真は俺の気持ちには全く気付きもせず、1人マシンガントークを繰り広げている。
「なぁ…聞いてる?直。」
名前を呼ばれてやっと我に返った俺は、今更になって顔に熱が上ってきた。
きっとユデダコ状態になっているだろう。
「な…お?」
「い、いや、その…え、えぇーと…。」
ありえないくらいあたふたしている俺を暫く見つめた真は、突然ぱっと明るい顔になった。
「直。好きだ。」
「………。」
「直は?」
「!!」
返事も聞かず真は俺を抱きしめた。
思わず抱きしめ返したその行動を返事だと受け取ったらしい真は、本当に嬉しそうに笑ったんだ。
それから一年。
別れは突然訪れた。
「直…ゴメン。別れよう。」
その一言で。
“ゴメン”とはどういう意味だろう…。
もう、俺への愛情はなくなったと言うことだろうか。
それとも、真に本気になってしまった俺へのお詫びの言葉だったのだろうか。
何も聞けないまま真はいなくなり、また、女と付き合い始めてしまった。
「明らかに当て付けじゃないか!!!」
真から別れを告げられて一週間後の昼休み。
机を思い切り叩いてそう叫ぶのは幼馴染で親友の堀田明良(ほったあきら)。
俺は中三の時に、真のことが好きだと明良に言った。
中一の頃からずっと真のことが好きで、どうしたらいいか分からなくなってしまったから。
いきなりカミングアウトされた明良から何を言われるか内心ビクビクしていた俺に、さすがに始めは驚いていたが、軽蔑もしなかったし態度を変えることもなかった。
ただただ俺の心配をしてくれた。
高校に入り、初めて真と明良と同じクラスになった時からは応援すらしてくれた。
ホントに明良には感謝してる。
高一の夏。
告白されたことを話したらすごく喜んでくれた。
「頑張れよ」といわれた時には涙が出てきたくらいだ。
だから、別れを告げられたことを明良には言えなかった。
しかし相手はあの真。
彼女ができたという噂が流れるのは早かった。
そしてその噂は当然明良の耳に入り、散々問い詰められた結果あのセリフになったわけなのだが…。
「当て付け…か。やっぱり女のほうが良かったってことなんだよ…な。」
「直…。」
「いいんだ。なんとなく…そんな気はしてたから。」
だってあいつは…
「付き合って1年間…その間、何もなかったんだ。」
ぽつりと呟いたその一言は、明良を動かすには充分な威力を持っていたらしい。
俺がそれに気付いたのは随分後だが。
「何も…なかった?」
「…。」
「直…どういうことだよ。」
「いや…だから…何もしてこなかったんだよ。あいつ。デートらしいデートなんてしたことない。まあ、お互い男だから、そんな表立ってデートなんてできないけど…。」
唯一の二人の時間はどちらかの家でする週末の勉強会だった。
「べんきょうかいぃぃ??」
「そんなに驚かなくても…。」
「いや驚くだろ普通!中学生かお前ら!」
まぁそう言われるのも仕方ないのかもしれない。
本当に勉強しかしなかったから。
泊ったことすらなかった。
「なんか俺が近づくと明らかに避けるんだよ。話のネタを変えたり、さりげなくお茶を飲み始めたり…今考えてみると、告白されたあの日以来抱きしめられたこともなかったな…。」
うわ。嫌な事に気付いてしまった。
これじゃぁ俺って…
「遊び以下って事じゃん…。」
友達ですらもう少しスキンシップはあるぞ。
ここまでくるとさすがに俺も落ち込む…。
ぐったりと机に沈み込んだ俺は気付かなかった。
明良の返事がなかった事に。
そんな俺たちの姿をじっと見ていた人影に。
「変質者?」
「そう。なんかこの学校の近くで出たらしいぜ。」
「えぇ〜〜。やだ〜。私、家ここの近くなのに〜。」
「今日は一緒に帰ろうぜ。」
「うん。」
頼むから俺の前でいちゃいちゃしないでくれ。
今の俺には追い討ちをかける。
この二人は全く知らない奴らだから単なる俺の八つ当たりだけど。
…男同士だとこんな事もできないんだと見せ付けられているようで。
いや、確かに男同士でこんなことしたくはないが。
「やっぱり忘れるしかないのかな…。」
5年以上の想いを忘れるなんて、そんな簡単なことではないけれど。
この気持ちが真の負担になるなら…。
「はぁ。もう帰ろう。…あれ?」
そういえばあの昼休みから明良がいない。
俺に何も言わず先に帰る事はないだろう。性格からして。
いや、明良の彼女に何かあったりすれば俺のことなんて忘れて帰るだろうが。
「……。」
まぁいいか。
メールしといてとっとと帰ろう。
「今日はゆっくり寝たい気分だよ…。」
一晩寝たら、すべて忘れることができたらいいのに…。
そんな事を考えながら岐路に着いた俺は、とんでもない災難に見舞われることになる。
「あれ、雨…?」
帰宅途中、突然雨が降ってきた。
始めは小雨程度だったからこのままでも大丈夫だろうと思って高を括っていたらとんでもなかった。
「びちょびちょだよ…。」
土砂降りになって数秒後。
運よく屋根つきの路地裏が見つかった。
「はぁ…まじついてない。」
雨は止みそうにない。
傘持ってくればよかった。
「少し雨宿りか…。早く家に帰りたかったのにな。」
そして寝たかった。
寝れば少しはこの気持ちも落ち着くだろうに。
「はぁ…。」
俺は自分のことで精一杯だったから。
後ろに人がいた事に全く気付いていなかった。
「君、可愛いね。」
「!?」
とても高校生の男相手に使うとは思えない言葉を耳元で囁かれて、俺は文字通り飛び上がった。
そこで初めて人がいたことに気付いたが、すでに遅かった。
振り返ろうとした時には、後ろから腰に腕を回され抱きしめられていた。
「何…っ」
「何かいやなことでもあったの?―――慰めてあげるよ。」
意味不明なことをまたしても耳元で囁かれ、鳥肌が立ったと感じた瞬間。
世界が回った。
「―――っ!!!」
背中に衝撃。
地面に倒された痛みで意識が飛んだ一瞬の間に腕を頭の上に一纏めに固定された。
―――この状況は一体なんだ。
目の前に見えるのは、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた青年…というには少し年のいった男だった。
あまりにも手際が良すぎて今一この出来事を理解できなかったが、シャツに手をかけられた時、さすがに身の危険を感じた。
顔が青くなった俺に、男はまたしても囁いた。
「いい事してあげる。」
―――今、唐突に吐き気がしてきた。
「やめっ…」
とりあえず暴れてみたがびくともしない。
上から体重を掛けられ、両足の間に体を割り込まされたこの状況じゃ身じろぎ一つ難しい。
――…やばい。
おまけにココは路地裏もいいとこである。
薄暗い上に人通りがかなり少ない。
「大丈夫。みんな始めは怖がってたけど、最後には気持ち良さそうに啼いてたよ。…可愛かったなぁ。」
聞き捨てならないセリフを聞いた気がする。
いや、気のせいじゃない。
そしてふと思い出した。
『変質者?』
『この学校の近くで出たらしいぜ。』
こいつか―――――!!!
そんなことを考えていたせいで、男の顔が近づいてきた時、反応できなかった。
「ぅぐっ!!」
そしてキスされた。
ありえない。
気持ち悪い。
真にもされなかったのにこんな見ず知らずの男にされるなんて。
――真。
頭にその名前が浮かんだ瞬間、突然何かが心の底から沸いてきた。
真。――…真真真!
こないと分かっていても。
思わずにはいられなかった。