お花見 後編
「そういや初めて2人と会ったときもこんな感じだったね。」
なにが楽しいのかニコニコしながらそう話しかける要は、もう優しか目に入っていない。
なんとなくつられて笑顔になった優は出会ったときのことを思い出していた。
「あ〜…あの時は要はまだ中学生で…なんか大きな鞄もってたね〜。」
「うん。家出してたから。」
「へ〜そうなんだ〜。」
「まさかその最中で抱き合ってる2人組みを見るとは思わなかったけど。」
「あ…あはははは………ん?家出?」
「声かけたら涼夜さんには睨まれるし2人は川に落ちるし…。」
「ね、ねぇ、家出って…。」
「とっくに2人は両思いだったのに当人は全く気づいてなかったみたいだし。」
「い、家出……。」
ケラケラ笑っている要とあたふたしている優のやり取りを眺めていた拓は、涼夜の近くに寄ると、やはり機嫌が悪そうにポツリと呟いた。
「……やっぱり楽しそうなんだよな…。」
「は?」
「要、北原といるとすごく年相応の反応をするんだよ。」
「あぁ…。まあ確かにそうかもな。あの2人は5年前も妙に仲良かったし。」
2人のじゃれあいを微笑ましそうに見つめている涼夜に、拓は視線を鋭くした。
涼夜にしてみればあの2人はどうみても親友同士だし、昔のこともあって要の事をかなり信頼している。
よって、拓のようにヤキモチを焼く要素が何一つとしてないのだが…彼はそれに納得がいかないらしい。
「拓、要の事本当に好きなんだな…。いや、もちろん俺だって優さんの事好きだけど。」
むしろ愛してるけど。
「当たり前だろう。要に何度振られても、要に恋人が出来ても、ずっとあいつが好きだったんだから。だから…絶対に手放したくない。他の男があいつに近寄るのも我慢できない。」
「…(俺以上の奴がいるとは思わなかった…。)」
「でも俺にしてみたら年下に敬語使ってる涼夜のほうが驚きだけどな。」
「あぁ…優さんは、なんていうか…もう敬語で話すのが当たり前になってて…。」
そう言いながら目を細めて桜を見上げる涼夜につられて拓も上を見上げた。
桜の花びらが風に吹かれて舞っている。
「…正直、今でも信じられない。桜の力で、優さんが5年前に来たなんて…。」
「でも、本当の事なんだろう?」
「あぁ。確かにそう考えると辻褄があうんだ…。」
「……ま、その桜のおかげで、俺は待たなくていい3年間を待つ破目になったわけだけどね。」
「…………………。」
「冗談だよ?冗談。あの時期もきっと必要な時期だったのかもしれないしね。」
だから、笑顔が怖いんだって、笑顔が!
◇◇◇◇◇◇
「先輩。食べてますか?」
そしてなんだかんだ言いながら花見を始めて1時間ほど経った時、要は急に立ち上がりながら拓に話しかけた。
同時に隣に座っていた優も立ち上がった事に、微かに目が細くなったが表面上、笑顔を貼り付けて答えた。
「食べてるよ。でも俺より要のほうが沢山食べないと。」
「はい。なので優と買出しに行って来ようかと。」
ぴくりと眉が動いた。
「何か食べたい物とかありますか?すぐそこのコンビニなのであまり大したものはないかも…。」
「要、俺が一緒に行くよ。」
怖いほどの笑顔で要にそう告げる拓だが、相手は所詮要。
それに気づく事は全くなかった。
「え?いいですよ。先輩はゆっくり休んでいて下さい。」
「ほら、涼夜だって俺と一緒にいるより北原との方がいいだろう?ね?」
「えっ?」
急に話を振られた涼夜は確かにその通りなので迷いなく頷いた。
「ね?ほら、行こう。要。」
「あ、はぁ…。じゃ、涼夜さんと優はゆっくりしてて下さい。」
「あ、あぁ…。」
「うん…。」
2人の後姿を見送りながら、優は切実に呟いた。
「要…無事に帰ってくるかな…。」
涼夜は答える事が出来なかった。
◇◇◇◇◇◇
「え〜と…あとは何かお菓子でも買って行きます?」
「そうだね。」
コンビニに着いた要と拓は、あまりの人の多さに驚いたがとりあえず買いたい物はあったのでさっさと買うと、足早にコンビニを後にした。
「あれ?先輩何か買ったんですか?」
飲み物やお菓子が入っている袋とは別の小さい袋を持っている事に気づいた要がそう聞くと、拓は口の端を上げて笑うと頷いた。
「ちょうど目に入ったからね。つい買っちゃったんだ。」
「何ですか?」
何気なく聞いたはずだ。
いや、それ以前に別におかしい質問ではなかったはずである。
だがそれを聞いた拓は待ってましたとでもいいたげな笑顔を見せた。
……とてつもなく嫌な予感がする。
「知りたい?」
「……いえ、別にそこまで…。」
「そうか、そんなに知りたいのか。じゃぁこっちへおいで。」
問答無用で腕を引かれると、着いた場所は古い家だった。
というかさっき立ち入り禁止のテープが貼ってあったような…。
ふと要はそう思ったが、それを口に出す前に拓が動いた。
「ここなら誰も来ないから大丈夫。」
「………なにが、ですか?」
なんかうっすらと分かっているがあえて聞いてみた。
「最近忙しくてゆっくり出来なかっただろう?せっかくだから、やろう。」
そういい終わる前に要は床に押し倒されていた。
「え、じゃぁ買ったのってもしかして…。」
「そ、ゴ・ム。」
いつの間に袋から出したのか、拓の手にはしっかりとそれが握られていた。
そして言い返す暇もなく要の服に手をかけた。
「や、え、本気ですか先輩…。ていうか実際は昨日したばっか…!」
「要、北原といちゃいちゃするからお仕置き。」
いつ!?
いったいいつ俺と優が!?
そんな要の叫びは当然無視された。
◇◇◇◇◇◇
「…涼夜、2人…遅くない?」
「……そう…ですね…。」
ここを離れる前の拓の笑顔が頭から離れない優と涼夜はなんとなくこうなるだろうと予想はしていたが、実際そうなってみると、なんだかやるせない。
「あ、優さん。帰ってきましたよ。」
「え?」
不意に涼夜が指差した方向に目を向けると、確かに見知った2人組みが。
「あ、ほんとだ。2人ともおそか……。」
言いかけた言葉は、要を見て途切れてしまった。
「あ、ごめん、ちょっと予想以上に混んでて…。一応飲み物とお菓子は買ってきたんだけど…。」
「……。」
「何か他に…って、どうしたの?優。」
「なんか…色気が溢れてるんだけど…要。」
「え?何?」
「いや!何でもないよ!ありがと〜。もう喉渇いて渇いて。」
あはははは、と笑いながらビニールを漁る優を不思議そうに眺める要の隣では、拓と涼夜が無言で顔を合わせていた。
「……。」
「……。」
「何?」
「…いや……ほどほどにな…。」
微妙に目を逸らしながら涼夜がそう言った事で、話は終わった。
◇◇◇◇◇◇
「もうだいぶ暗くなってきたね。」
もともと昼過ぎから始めた花見だから数時間もすれば段々日も落ちてくる。
でも、なんとなくこの瞬間が好きにはなれない優は、要のその言葉に過剰に反応した。
「あ、ほんとだ…。早いなぁ。そろそろ帰らなきゃ…。」
この公園は夜は閉鎖される。
特にこの季節は色々と問題が起こるという理由から、いつもより閉鎖時間が早くなるのだ。
「あーあ。なんかこの瞬間が一番寂しい〜。」
「まぁまぁ優。優は家に帰っても涼夜さんと一緒でしょ?」
「そうだけど〜。」
でも皆でこうやってわいわい楽しむ事はめったに出来ないし…。
そんな意味をこめての言葉だったのだが、どうやらそれに気分を害したらしい人物が…。
「それってどういう意味ですか…?優さん。」
後ろから突然涼夜が優を拘束した。
すっぽりと腕の中に納まってしまった優は、突然のその行動に驚いてしばらく固まってしまった。
「優さんは俺と2人でいるのは嫌なんですか…?」
「え!?そんなこと…!」
「そうですよね…さっきから優さん、要とばっかり話してますし…。俺の事なんてすっかり忘れてましたよね…。」
「わ、忘れてないって!」
「優さん…誰も見ないで俺だけ見ていてください…。」
そのままギュウギュウ抱きしめてくる涼夜に不審を感じたのは、客観的にそれを見ていた要だった。
なんだかいつもと違う…。
こんなに大勢人がいる前で甘える人だったっけ…?
そう思った要の目に、ふと何かが見えた。
ここにあるはずのない物が…。
「…酒…?」
酒は買っていないはずだ。
さっきの買出しでも籠に入れた記憶はない。
「あっ!まさか先輩…!」
「あ、ばれた?」
少しも悪びれることなく笑っている拓は、目の前でチューハイの空き缶を振っている。
「さっき、2本だけ買ったんだ。やっぱり花見には酒だからね。」
「……先輩…。」
「まぁまぁ。たまにはあの2人もヤキモチを焼きあう事が必要だと思うよ。」
「…それでなんでお酒…?」
「そっちの方が楽しいから。」
「………。」
「ちょ、涼夜…ここ公園…!」
「俺とキスするのは嫌なんですか…?」
「そうじゃなくて…!」
「俺はいつでも優さんとこうしていたいのに…優さんはそうじゃないんですね…。」
「お、俺も涼夜とずっと一緒にいたいけど、こういうことするにはTPOというものが…!」
「好きです…優さん…。」
「りょ、涼夜…!だから、ちょっ…!」
「俺たちばかり言い合いをするのは釈然としないからね。」
「先輩…。それが一番の理由ですね…。」
「まぁまぁ。じゃ、俺たちは帰ろうか。」
「え?でもあの2人をこのまま置いてくわけには…。」
「2人の邪魔したら馬にけられるよ?」
結局拓はそのまま要を引きずるようにその場を後にしてしまった。
そしてお約束のように、優を抱きしめたまま涼夜は寝てしまった。
その時、周りの生暖かい視線を1人で浴びることになってしまった優は決意する。
もう2度と、この4人で花見なんてしない、と。
END.