お花見  前編





桜の花が満開を迎える季節。
見渡す限り風に吹かれて舞い散る花びら。
家族連れや友達、恋人…様々な人達が花見を楽しんでいる。

…季節は、春。






「てなわけで、花見しよう!」

何の脈絡もなくそう提案したのは今年大学3年になる優だった。
目的もなく大学に入った彼は今年からなんとなく就活をしなくてはならない。
同じく、1つの目的を果たしてしまって何もやることが思いつかない要も、今年は就活だ。
忙しくなる前に今を楽しもう!という話で盛り上がっていた時に、優は突然そう切り出した。

「花見?」
「そ。花見。」

2人が花と聞いて思い出すのは、もちろんあの桜の木だ。
1本だけしか存在しないあの木は、今も力強く生きている。






優が再び涼夜と出会い、一緒に住み始めてから2ヶ月が経った。
2人は5年前の時のように同じベッドで眠り、想い合い、要とも会っている。

要は1ヶ月前、高校からの先輩――日向拓――と付き合い始めた。
いつまでも待つ、という拓の言葉は5年経った今でも続いていてやっと2人は結ばれた…が。



問題はここにあった。



「花見かぁ〜。いいけど…2人では無理かな…。」
「え?どして?」

要が頭を抱えながらそう切り出すと、優はきょとんとした顔で聞き返してきた。
今更だが、この2人…本人達は全く自覚していないがとても整った顔をしている。
優は目が大きく、可愛い感じに。
逆に要は一つ一つのバランスのいい綺麗な感じに。
そのため周りの視線をよく浴びているのだが…肝心の本人達は全く気づいていない。
おまけに2人は短い期間だが付き合っていた時期がある。
それを知っている拓は、特に優を警戒している。
意外に嫉妬深いはずの涼夜は、昔の名残か要だけは信頼しているようで特に何も言わないのだが…。

「なんか先輩、俺が優と2人でいるの嫌がるんだよ…。」
「え?なんで?もしかして俺、嫌われてる?」
「や、単に俺が昔付き合ってた相手だからだと…思うけど…。」

“誰とも恋愛はしない”
そう言った要が唯一付き合った相手だから。
でもそれは拓から告白される前から分かっている事だった。
たとえ好きな人が出来ても…。
要は、自分と優があの場所で別れないと2人が出会えないと知っていたから。
だからそれ以外の人とは、恋愛をしないと誓った。
そうでなければ…自分も相手も悲しむことになる。
…まぁ、結果的には拓を悲しませてしまったのだが。

「俺が優と付き合ってるって知った時、かなり落ち込んでたもんな〜。」

少し嬉しそうに含み笑いする要を、この時初めて優は怖いと思ったとか思わなかったとか…。

「あ、じゃあ4人で花見しようよ!」
「…どうしても花見はしたいんだね。優。」
「酒飲むのもいいけど、酔ったら涼夜が大変だから今回はなしにして〜。」
「どう大変なのかすっごく気になるんだけど…。」
「日向先輩に声かけといてね〜。涼夜には俺が…。」

話は勝手にどんどん進んでいき…。
あまり乗り気でない拓も巻き込み、花見は始まった。






「うっわぁ〜。すっごい人〜!」

あれから1週間後。
なんとか拓を言いくるめた要と、あっさり涼夜の了解を得た優は、それぞれの弁当と恋人を連れて桜の木が連なっている公園にやって来た。

「ここらで一番大きい花見スポットですからね。」

優の笑顔を見るだけで幸せな気分になれる涼夜は、そう言って嬉しそうに笑った。
もちろん優も涼夜の笑った顔を見ると嬉しくなるわけで。
2人でにこにこ笑いあっていた。

「やっぱ花見はいいな〜。」
「優さんは花見が好きなんですね。」
「ま、花見というより花が好きなんだろうけどな〜。涼夜は?」
「俺も好きですよ。」

そして、そんな穏やかな空気とは対照的にシートの準備をしている要の隣では、絶対零度の微笑を浮かべている拓の姿が…。

「花見かぁ〜。いやぁ何年ぶりかなぁ〜。」
「俺も久しぶりですよ。」
「そうなんだ?北原君とは行かなかったのかい?」
「……先輩、どうしてそんなに優を警戒するんですか?」
「…分かってるだろう?頭では理解してても心が理解できないんだよ。」
「はぁ…。」

ふとそんな2人の会話が耳に入ってしまった優と涼夜は、思わずお互い顔を見合わせた。
「俺がずっと先輩のことを好きだったってことは知っているでしょう?」
「俺の思い違いということもあるだろう?」
「……じゃあ断言します。俺はずっと、先輩が好きでした。」
「…過去形?」
「や、そういう意味ではなくてですね…。」

シートを広げる手を止めて会話に集中し始めてしまった要と、そんな姿を楽しそうに見ながら畳み掛ける拓を、優と涼夜は微笑ましそうに見守っていた。

のちにとばっちりを受けるということも知らずに…。






「…高校で要に会えたことにはとても感謝しているよ。おかげで俺は、今こうして幸せな時間を過ごせているわけだし、あんなに負担に感じていた弓道も、もう今ではとても楽しく出来ているし…。」

本当は3年前からこういう風に要と過ごせていたのかもしれないけど。

「俺は3年近くずっと要を待ってた。だからもし、要が心変わりしてもまた待てる。俺は、そのくらい要が好きだよ。」

まぁ、もし俺の他に誰かと付き合うことになんてなった暁には、相手の無事は保障できないけどね。

「先輩…。それはとても嬉しいですが…俺は心変わりなんてする予定はありません。」
「要…。」

でも、誰かさんとは付き合っていた時期があるから油断が出来ないんだよねぇ。

「……りょ、涼夜…。俺の気のせいかなぁ…。さっきから日向先輩の心の声が聞こえてくるんだけど…。しかもなんか、明らかに俺に向けて…。」

あれから10分。
拓との会話を始め、準備をしていたことを完全に忘れた要と、それに気づいていながら会話を止めない拓はずっとこの調子で話しこんでいた。
そのため優と涼夜が準備をすべて終わらせた。
その頃にはこの話もひと段落付くだろうと思っていたが、待てど暮らせど終わらない。
それどころか要は自分たちの存在を忘れているような気がしてならない。
おまけに内容が内容なだけに、あまり大きな声で話してほしくはないのだがそんなことには全くの頓着な2人は周りの花見客にも聞こえるくらいには普通に話していた。
おかげで周りの人の視線が痛い。
一部から送られる生暖かい視線にも頭を抱えたくなる。
それに加え、表面上の表情と言葉とは裏腹な拓の本音がなぜか優と涼夜には鮮明に聞こえてくる。
それはちらちらとこちらに向けて寄越してくる拓の鋭い視線のせいだろう。

「いえ、気のせいじゃないですよ。俺にもしっかり聞こえてきます。……目は口ほどに物を言うって言葉はあいつのためにあるものです。絶対。」

こめかみを押さえながらそうつぶやく涼夜に、そうだよねぇ、と相槌をうちながら優はそれでも嬉しそうに笑っている。

「…優さん?」
「ん?何?」
「…いえ、何か、言葉の割には嬉しそうだなと思って…。」

その言葉に、満面の笑顔を返すと優はそっと涼夜にもたれた。

「要が愛されてるな〜て実感できて、嬉しいの。俺は。」

俺達のために、自分の時間を犠牲にしていた要には…幸せになってほしいから。

ポツリとこぼしたそれは、優の本心で、今の自分の願いだった。
涼夜にはその気持ちが痛いほど伝わってきて、堪らずその体を強く抱きしめた。

「大丈夫ですよ、優さん。拓はああ見えて一途なんです。」
「ん?うん。ていうか見るからにそうだけど…。」
「心の底では悪魔を飼っているような奴ですけど、根はいい奴なんです。」
「え、えぇ〜と?」

結局はどっちなんだという言葉を優は無理やり飲み込んだ。

「それにしても…どうしてあの2人はこんなストレートな会話が出来るんだろう…。」
「本当ですね…。要がそうなのは知ってましたけど、拓は意外でした。」

そういいながら抱きしめる力を強める涼夜の腕に、優は自分の手を添えると目を閉じた。

5年前も涼夜はよく優を抱きしめていた。
あの時は、お互いが不安に包まれていたけれど、今は違う。
涼夜がここにいる。
その事に怖いくらいの幸せを感じる。

「ゆーう。」
「え?」

優が密かに幸せを噛み締めていると、拓との会話に切りが付いたらしい要が覗き込んでいた。
…満面の笑みで。

「…な、何?」
「ん〜や。相変わらずだなーと思って。」
「え?」

不気味なほどの笑顔でそう告げられて、優は自分の状態を改めて見てみた。

「こんな往来で抱き合ってるから…勇気あるなぁと思って」
「っあぁ!」

そしてこの状況を認識すると、顔を真っ赤にして涼夜を思いっきり突き飛ばした。
突き飛ばされた涼夜は不服そうに要を見たが、横から恐ろしい笑顔をたたえた拓に見つめられ、口に出そうとしていた言葉を飲み込んだ。

この2人は根本的なところがすごくよく似ている。

涼夜は本気でそう思った。