終わりと始まり?
「バカっ!!」
バシン!!
よくあるカップルの別れのシーン。
俺もその場面をよく見てきた。
理由としては『浮気』もしくは『私と仕事とどっちが大事なの』だろう。
でも俺がよく聞く理由はそういうものではなかった。
「あなたは私の事を好きだとは思えない。」
「本当に私を好きでいてくれる人と付き合いたいの。」
「私を見てくれていない。」
「いつもあなたはつまらなそう。」
こんなところだろうか。
これだけを聞くと男は女のことをそんなに好きではなかったように感じるが、実際は好きだったから付き合ったわけで。
別れを告げられた時も気持ちが冷めたわけでは断じてない。
男にしてみたら何が不満なのか全く分からないまま別れ、そしてまた他の女と付き合い、振られ、また付き合う…エンドレスだ。
振られる元々の理由が分かっていないから悪循環になるのも仕方がないと言える。
じゃあそいつに理由を教えてやればいいと思うかもそれないが、それは無理だ。
少なくとも俺は。
なぜって…。
「あ〜。いって…。」
それは、俺自身の話だから。
話は5分前にさかのぼる。
「ねぇ、薫(かおる)。」
俺の腕に手を絡めて歩いているのは付き合って2ヶ月目の加奈子(かなこ)。
俺は加奈子がかしこまった感じで名前を呼んだこの瞬間に、終わりが来たことに気付いていた。
今までの彼女も2、3ヶ月もしないうちに離れていったから。
8人目ともなるといい加減疲れてくる。
「…何。」
「……私の事、好き?」
「好きだよ。」
「本当に?」
「好きだから付き合ってんだけど…。」
俺は正直、人と話すのが苦手だ。
この18年、生きてきてお世辞にも人付き合いのうまいいい奴だなんて言われたことはない。
むしろおとなしいとか物静かとかそういった類の評価しか周りからは受けない。
そんな俺が今まで8人もの彼女ができたのは単にこの容姿のおかげだろう。
両親兄弟そろって美形と言われているこの顔に集まってきたようなものだ。
それでも彼女の事は好きだった。
好きだと…思っていたんだが。
「でも…私は薫が本当に私の事を好きだとは思えない。」
やっぱりきた。
「ねぇ薫。もし今、私が別れて欲しいって言ったら、薫はどうする?」
「…。」
「どうするの?」
俺は疲れていた。
どうしてだろうという気持ちと、またかという気持ち。
それらが自己嫌悪としてふつふつと体の中に湧き上がってきて。
限界だった。
だから言った。
「加奈子が別れて欲しいなら、俺は加奈子と別れるよ。」
そして話は冒頭に戻る。
日本人というものは本当にすばらしいと思う。
あんなドラマみたいなシーンが街のど真ん中で繰り広げられていてもちらりと視線を寄越すだけで見て見ぬ振りをしてくれる。
いや、この場合余計なことには関わりたくないという精神からの行動かもしれない。
それでも俺にとっては助かる事この上ない。
ひりひりする頬を軽く擦りながらそんな事を考えられるくらい、俺は冷静さを失ってはいないらしい。
これは経験故ではなく、初めからそうだった。
突然別れてくれといわれても
頬をひっぱたかれても
鞄で頭を殴られて(!)も
何故か気持ちは妙に冷めていて、少しも心を動かされない。
そして気付く。
俺は本当にあいつのことが好きなわけではなかったんだ…と。
「俺に、心はあるんだろうか…。」
いつか本当に好きになる人が現れるんだろうか。
18歳で考えるようなことではないなと分かってはいるがこれだけ毎回同じ内容で振られ、その度殴られていたら体が持たない。
「……。」
とりあえず周りを見渡し、ファミレスの入り口前の階段を見つけるとそこに腰掛けた。
なんだか疲れていた。
歩くのも億劫だ。
「そこのあんた。」
加奈子とは別れたわけだからこれから行こうとしていた晩飯はなしになった。
という事は何か作らないと。
あぁめんどくさい。
「ねぇ。」
そもそも自分の気持ちも分からないなんて人としてどうなんだ俺。
「ちょっと聞いてる?」
今までの8人、振られる理由がすべて同じなんてどこかがおかしいとしか思えな…
「ちょっとあんた、無視すんなよ!」
…い?
「…は?」
「は?じゃないよ全く。何回呼ばせるつもりなんだよ。無視してくれちゃって。」
さっきから何か男がしゃべってるとは思ってたけど、俺に向かって言ってたのか。
「…あぁ、悪い。全く気付かなかった。」
「はぁぁ?全く!気付かなかった!?んな分けないでしょ!こんだけでかい声で、しかもあんたの目の前で話しかけてるってのに!そもそもこんなとこに座ってたらファミレスの客に迷惑なんだよ。彼女に振られて落ち込んでんだか何だか知らないけどそんなの家に帰ってからにしてくんない?こんな街のど真ん中で泣かれでもしたら周りが困る…ってちょっとまった!」
聞いてたらいつまでもしゃべり続けそうな雰囲気だったから早々に引き上げようと歩き始めたら今度は引き止められた。
意外と強い力で引き寄せられたから軽く驚く。
座っていた状態で見ていたから気付かなかったけど俺より身長は高い奴だ。
服を着ているままではよく分からないが、この力といい体格もそこそこいいんじゃないだろうか。
俺もそんなに小柄ではないが、こいつと並ぶと小さく見えそうだ。
「…何。」
「え、あ、いや…なんだ。あんた落ち込んでたから彼女に振られたことが悲しかったのかと思ってたんだけどそういうわけではなさそうだな。」
「…見てたのか。」
そういえばさっきも言ってたな。彼女がどうこう。
「あっ!いや、その…ゴメン。」
「別にいいけど。」
なんか忙しい奴だな。
怒ってると思えばいきなり申し訳なさそうに顔を伏せる。
「俺帰るから。ファミレス入るんだろ?邪魔して悪かったな。」
だから手を離してくれ。
そういう意味をこめて言ったのに力は弱まらない。
むしろそいつはまじまじと俺を眺めてきて。
「…何だよ。」
「なんか、あんた面白い奴だな。」
「…は?」
「はははっ。気に入っちゃった。俺、金田港(かねたみなと)って言うんだ。ちなみに16歳。あんたは?」
「……入江薫(いりえかおる)。18…。」
俺が答えるとなぜかそいつはやけに嬉しそうに笑った。
「なんか俺、あんたの事好きになりそうだよ。」
そういうと、おもむろに俺の手をつかみ、唇をおとした。
…ん?
「じゃぁ、またね。薫さん。」
「……は?」
かおる…さん?
そいつはそういうとファミレスには入らずにそのまま人ごみの中へと消えていった。
ていうか、今、あいつ、何して…。
……手にキスなんて今時やる奴なんているんだな…じゃなくて。
……。
…………。
こういうときも日本人の見て見ぬ振り精神は発揮されるらしい。
俺の脳内はすぐに今の出来事を消去することに決めた。
そしてそのまま帰路に着いた俺は、あいつが話しかけてくるまで悩んでいたことをすっかり忘れていることに気付いていなかった。
これが、俺とあいつ…港との出会いだった。