「ねぇ、俺とお茶でも飲みに行かない?」
「……は?」

休校日。
もうすぐテストが迫っていることはよく分かっているがどうにも集中できない俺はぶらぶら街を歩くことにした。
服や靴や食べ物の店を横目に気持ちのいい風を満喫していたときだ。
不意に誰かが声をかけてきた。

「ちょっと先にいい店があるんだ。雑誌にも載ったことがあるくらいだから味は保障できるよ。ね、お茶くらいいいでしょう?」

俺に声をかけてきたのは背は少し高いが見た目俺より年下で、体格もそこそこいいしなかなかカッコいいだろう顔立ちをしている。
見下ろされるのは若干腹立つがそれ以上に勘弁してほしいのはこいつが男だというところだ。
男が男にナンパしてどうする…。

「……。」
「…そ、それは駄目って事…デスカ?」

ただただ無言で目を見つめる(正確には睨みつける)俺に始めの勢いは一体どこに行ったのか、こちらの様子を伺うようにその男の声はだんだん小さくなっていった。
いや、それより…この男に何故か見覚えがあるような気がする。
どこかで会ったか…?

「……。」
「………。」

ま、いいか。

考えるのが面倒くさくなってきて、俺はそのまま何も言わずにきびすを返し歩き始めた。
大体こんな往来で堂々と男にナンパする奴には関わりたくない。

だが、そんな俺のささやかな願いは叶わなかった。

「ちょーっとまったぁ!」
「!?」

急に腕を掴まれて、体を反転させられた。
くそう。
力じゃ確実にこいつに敵いそうにないな。

「“薫さん”ってあんただろ?」

さっきの窺うような態度とは一変して、刺すような視線を向けてきた。
何だ何だ?
すっごい敵意を向けられてる気がする。
や、これは明らかに向けられてるな。
それになんで俺の名前を知ってるんだ?

「ちょっときれいな顔してるからっていい気になるんじゃねーよ。あいつがあんたに何言ったのか知らないけど、どうせ本気じゃねーんだから。」

実を言うとこういう風に知らない奴に敵意を向けられるのは初めてではなかったりする。
今まで付き合ってきた彼女の中には、当時付き合っていた彼氏と別れて俺と付き合っていた奴が結構いた。
もちろん俺がその事を知るわけもないのだが、突然その元彼氏から「お前のせいで」やら「人の物にまで手を出してんじゃねぇよ」といちゃもんをつけられ殴りかかられた事が多々あった。
振られた事を俺のせいにされてもな…。
ん?
や、実際俺のせいなのか?

「顔がちょっといい奴ってすぐ付け上がってやりたい放題するんだ。どうせあんただってそうだろ?」

まぁとにかく今までそんな事が日常茶飯事に起こっていたから今回もきっとそんなところだろうと思ったが、考えてみればここ3ヶ月は誰とも付き合っていない。
告白はたまにされるけど、どうしてかいつものように付き合う気にはなれずにすべて断っている。
まさか3ヶ月前の事を今更掘り返す奴なんて………いるかもな。

「この際だから言っとくけど、あいつを好きになっても無駄だからな。あいつは誰も好きにならない。自分では本気になってるみたいだけどあんなのは本気とは言わない。」

とにかくこいつに聞いてみるか。

「だから…。」
「あんた誰の元彼氏?」

あ、しまった。
言い方間違えたかも。

「………。」
「………。」

その男はおもむろに深呼吸をすると、叫んだ。

「初めて会ったやつに対する第一声がそれって何様だー!!??」

なんか似たような事、前にも言われた気がするな…。






「いいかよく聞け。俺は、港の、恋人だ。」

港の恋人?

「……。」

無言の俺に、今度はそいつはどこか勝ち誇った顔をした。
…なんかこいつ、見てて飽きないなぁ…。

「だからあんたは遊ばれてるだけなんだよ。それなのにあいつの周りをうろちょろすんの止めてくれない?」

うろちょろって…。
悪いけど、全く身に覚えがない…。

「…人違いじゃないですか。」
「んなわけないだろ!」

そんな即効で突っ込まなくても…。

ていうかそろそろ開放してくれないかなぁ。
さっきからずっと腕を掴まれたままで動けないんだけど…。



「あ――――――――――――――――――――!!」



そろそろイライラし始めた頃、突然あたりに絶叫が響き渡った。
思わずびくっと体が震えたのは俺だけじゃなかったみたいで、その拍子に腕を掴まれていた力がふっと消えた。
そこまで確認してから声がしたほうに顔を向けると、そこにはあまり望んでいなかった人物が仁王立ちしていた。

「お前っ!薫さんに何してんだ!」
「あっ、港〜〜vv」

2人のこの台詞を聞いて、面倒な事に巻き込まれたと悟った俺は心底うんざりした。






人通りがそこそこあるあの場所ではさすがに話したくないからと、俺たちは少し先の公園に入った。
小さい子供連れの母親は多いけど…まぁいいか。

「薫さん、ほんっとすいませんでした!」

そういって俺に頭を下げるのは、数ヶ月前に告白をした挙句キスをしやがったあいつだ。
そしてさっきまで俺にぐちぐち言っていた奴は急に大人しくベンチに座っていたりする。

「お前も謝れ!」

ガツッ!

「いってぇぇ!」

うわ…。
今のは痛そうだった…。
俺も今までいろんな人から殴られたりしてきたけどあそこまでいい音はしなかったな。
殴られた奴は涙目になりながらも抗議をした。

「何もそんな力いっぱい殴らなくたって!!!」
「お前がしょーもない事言うからだろ!」
「ホントの事じゃん!」
「どこが!?すべてにおいて間違ってるだろうが!お前は、俺の、(ただの)従兄弟だ!」
「ひで〜。」

そうか、従兄弟だったのか。
じゃぁどっかで見た事があると思ったのは、この2人が似ているからか。

「ていうかお前って、港って名前だったんだよな。」

すっかり忘れてた。
だからさっき港の恋人だって言われても全くピンとこなかったんだよな。

ポロリとこぼしたその言葉は2人に衝撃を与えてしまったらしい。

「え!?何、ちょ…薫さん!俺の名前覚えてないの!?今までメールとか電話とかチョーしてんじゃん!」

そうなのだ。
実は2回目に会った時――携帯のアドレスと番号を教えてしまったあの時――から毎日のようにメールと電話が来るようになった。
始めのうちは居留守や着信拒否とかしてたんだがそのうちどうやって調べたのか自宅の電話にかかってきて、まんまと母親を味方につけられてしまった。
それからは母親の小言が始まり、とうとう負けた俺はそれから毎日奴と会話する事になった。
でもなんとなく悔しいから登録されていた名前を変更した。
だからこいつの名前は覚える前に忘れてしまったんだが。
今、俺の携帯に登録されている名前をこいつが知ったらさすがに落ち込む気がするな…。

「…悪い。」
「だーーー!!もうその言葉トラウマになりそーー!!!」

頭を掻き毟りながらそう叫ぶそいつを見て、初めて申し訳ないと思った。
…あとでちゃんと名前、変えておこう。

「…俺、なんか港がかわいそうに思えてきた…。」
「お前は黙ってろ!」
「ひでっ!」
「とにかく帰れ!せっかく薫さんといるのに邪魔だ!」
「うわっ何その言い方!」
「さっきおばさんが探してたぞ。この忙しいときにどこで油売ってんだって。また店放り出してきたのか?」
「あっやべ!手伝いの途中だったんだ!じゃ、俺帰る!…あ。」

それまで2人でわーわー騒いでいたのに、おもむろにそいつは俺のほうを向いて、笑った。
さっきまでの敵意なんて感じさせないほど柔らかい笑みで。

「俺、金田 悟(かねたさとる)。あんたの事、ライバルと認めたから!」
「…は?」
「だっていきなりナンパされても全く動じないし、こんなに港を振り回してる奴なんて初めてなんだもん。面白そうジャン!」
「…いや、ライバルって…。」
「じゃぁな!俺の名前は忘れんなよ!」
「………(嵐が去った)。」
「全く。あいつはろくな事言わないな。」

てか、走るの早いな〜。
もう見えなくなったよ…。

「ま、いいや。あいつの事は覚えてなくていいからね、薫さん。それより今からデートしようよ!」
「俺帰…。」
「だめ。俺、本気で薫さん落としにかかってるんだから。逃がさない。」

さっきの悟って奴は港は本気じゃないとか言ってたけど。

「それに声は毎日聞いてるけど薫さんに会うのは久しぶりだからさ〜。もっと一緒にいたいじゃん。俺今から買いたいものあるんだ〜。付き合ってよ。」

そういって俺を引きずる港に、その日一日をつぶされる事になった。









でも、正直気づいている。
港に対して自分の何かが変わってきている事に。

こういう風に無理矢理付き合わされるのがそれほど嫌だと感じてない事に。

この気持ちが、この先どういう風に変わっていくのか…このときの俺はまだ、何も知らない。