2章



Act28.5


「…海斗?」

10年ぶりに涙を流した海斗は、いつまでもいつまでも泣いていた。
今までの分を取り戻すように。
俺の胸の中で泣くその海斗の姿が、とても愛しくて愛しくて。
俺もいつまでも抱きしめていた。

震えてる肩も、俺の服を濡らす涙も、見える髪も、何もかもが大切で。

そんな海斗がずっと1人で耐えて苦しんでいて…それなのに何もしてやれなかった自分が情けなくて。
海斗はそんな俺に、お礼まで言ってくれたけど。
でも俺はお礼を言われるような事、何もしていない。
ただ俺が、海斗の傍にいたかっただけだ。

きっと、10年前のあの時から…海斗を護ると決めたあの時から、ずっと海斗の事が好きだったんだ。

自分でも気付いていなかっただけで、俺はずっと海斗が好きだったんだ。

「……ごめんな、海斗。」

何も知らずに海斗1人を苦しめて。
何も聞けなかった俺の弱さが、海斗を1人にしてしまった気がする。

でもそんな弱さはもう捨てたいと思う。
これからもずっと、お前の隣にいたいから。

……海斗は俺のこと、好きでいてくれているだろうか。
友達とか、家族とか、そういう好きではなく…。
1人の人間として、俺の事を好きになってほしい。

今のままの関係では、嫌だ。
…これは、俺のわがままなんだろうか…。

「なぁ海斗。俺…お前に言いたい事が…。」

ほぼ無意識のうちに俺は海斗に告白をしようとしていた。
そしてふと腕の中の海斗を見た。

いつの間にか肩の震えが止まっている。

「あれ?海斗?」

その代わりにゆっくりと上下する体。
重さも増している。
ぐったりとすべてを預けているように…。

「…おい、海斗?……まさか。」

ゆっくり顔を覗きこむと…。
予想通り、寝ていた。

「…………。」

海斗…。
お前はホント、人のペースを狂わせるのがうまいな…。
それも天然で。

「…人が…告白をしようとした時にタイミングよく寝るなよ…!」

思わず唸ってしまうのも仕方ないだろう。

「………。」

それにしても…。
海斗の寝顔見るのなんて…久しぶりじゃないか?
中学の時まではしょっちゅうソファーとかで転寝してたからよく見てたけど…。
そうそう。
よく海斗の部屋まで運んだこともあった。
一度寝るとこれがまた起きないんだよな。
もう見慣れるほどこいつの寝顔は見てきた。

……そう、見慣れるほど…。

「…海斗?」

なのに、何故だろう。
目が、離せない。

少し赤くなっている頬。
残っている涙の痕。
軽く開いている唇。
安心したように全身を預けている体。

「……。」

気付けば俺はそのまま海斗に顔を近づけていた。
そっと唇を重ねて、起きない事を確かめるとそのまま口の中に舌を入れた。

甘い…。
こんなに甘く感じるものだろうか。

どうしてこんなにも海斗の事が好きになってしまったんだろう。
もう、海斗がいない生活なんて考えられないほど。

「……。」

しばらく海斗を味わっていたけど、俺はふっと唇を離した。
すこし目線を下げると、首筋にあの痕が見える。
冷静に考えてあの時の海斗の反応から、神林とは何もないということは分かった。
分かったけれど、こんな痕をつけられたことに間違いはない。
あの神林の笑顔が頭に浮かぶ。
……イライラする…。

「大体海斗は無防備過ぎるんだ。警戒心を持て。」

さっきも言った言葉を再び呟いて、俺は首筋にも唇をつけた。

「……んっ…。」

さすがに身じろいだ海斗は、それでも目を覚まさなかった。
首筋にはさっきよりも濃くなった痕。

「……海斗、これが消える頃に…俺はお前にすべてを話すよ。」

10年前、俺がお前にどんな誓いを立てたのか。
今、俺がお前にどんな気持ちを抱いているのか。

「…おやすみ、海斗。」

このまま寝顔を見ていたら何をしてしまうか自分でも分からない。
俺は海斗をベッドに寝かせると、ゆっくりとドアを閉めた。






たとえ海斗に好きな奴がいても、俺は諦めない。
必ず振り向かせてみせる。

「…覚悟しとけよ。」

だからそれまでは…。

もう少し、幼馴染の関係で過ごしていたいと、そう思った。



END.