2章



Act26.5


「…栗原か。」

徹が海斗の部屋から出ると、少し離れたところに栗原が壁にもたれていた。
徹の声にハッと顔を上げると、心配そうに近づいていく。

「……鈴森君は…。」
「あぁ…大丈夫だろ。海斗はああ見えて実際強い奴だし。………上原を連れ戻したの、お前だろ?」
「うん…。」

こくりと頷くと、そのまま海斗の部屋のドアを見つめる。
その目はとても心配そうな色が宿っていて。

「…俺さ、ずっと聞きたいことがあったんだけど。」
「え?……何?」
「海斗と栗原って、昔何かあったのか?」

それは栗原が転校してきてから漠然と思っていたことだった。
最初に変だな、思ったのは海斗がふと聞いてきた頃だ。


『栗原っていつもああなのか?』


言われた時はよく意味が分からなくて聞き返した。


『ああって?』
『なんていうか…よく謝るって言うか…どもるって言うか…。』


それでも徹はぴんと来なかった。
だからそれからはよく栗原を見るようになった。
確かに栗原はよく謝っていたし、うまく話すことが出来ないようだった。
怯えている、という表現が一番しっくりくるもので。
でもそれは、何故か海斗限定だった。
上原や徹、そして有川にはそんなことはなかった。
どこか怯え、それでもその目は時々海斗に向けられている。
そんな風に観察していたから、栗原が聖也に並々ならぬ感情を抱き始めた事にも気付いた。
そしてその事に海斗が気付いた事にも。

「…どうして?」
「栗原は…何故か海斗にだけ、態度が違っていたから。始めのほうは明らかに怯えるように。最近は……。」

でも、年末を過ぎた辺りから栗原は少しずつ変わっていった。

「…最近は、海斗を見守るような…そんな感じだ。」

明らかに海斗に対して恋心を抱いている様子ではないのに、気付けばやさしい目で見つめている。
それは本当に見守る、という言葉でしか表現できない。

「……。」

栗原は俯いてしまったまま、何も言わない。
でもそれは、何かがあったと言っているようなものだ。

「…本当に神林君は、よく見てるんだね…。」
「……まぁ、な。」

それでも有川には適わないと思う。
その言葉を徹はあえて飲み込んだ。

「僕ね、2人とも大切なんだ。」
「2人?」
「そう。上原君も…鈴森君も…。」

そう言ってふっと顔を上げた栗原の目は、落ち着いていた。
その目に、一瞬海斗が重なって見えてしまって、徹は戸惑った。

「上原君が好きなのが鈴森君で…鈴森君が好きなのが上原君なら…僕は諦められると思ったんだ。」
「…上原を…か?」
「うん…。」

どこか落ち着いた雰囲気を出すようになった栗原。
恋をすると人は変わるというけど、実際そうなのかもしれない。

「……俺は、海斗が好きだよ。」
「え?」
「あれ?気付いてなかった?俺は、海斗のことが好きなんだよ。」
「そ、だったんだ…。」

驚いたように相槌を打つ様子に嘘は感じられない。
栗原は俺のことは全く眼中になかったってことか…と徹は少し苦笑いした。

「俺は…栗原みたいに潔く思えない。」
「……。」
「そりゃ海斗には笑っていてほしいけど…その相手が自分だったらいいと思ってる。」
「……うん。」

少し前までは、見守るだけでいいと思っていたのに。

抱きしめてしまったから。
キスしてしまったから。
少し、欲張りになってしまっている。

そしてそれを自覚しているから、徹にはどうしようもなかった。

「…栗原、花言葉知ってる?」
「え?」
「花言葉。」

海斗の部屋のドアを見つめながら話す徹の表情は栗原の位置からは見えない。
少し戸惑いながらも首を振った。

「僕…花には詳しくないから、あんまり知らないけど…。」

それでも赤いバラは愛とか、赤いカーネーションは母への愛とか…そういうものは知っているけど。
そういった栗原に、徹は向き直った。

「…タンポポは?」
「タンポポ?」

タンポポって、あのタンポポ?
今の時期、よく目にするあのタンポポ?

「そういえば…知らないかも。」

意外と身近に見るものは知らない事が多い。

「…タンポポは『神託』とか『思わせぶり』とか…。」

また海斗の部屋のドアを見つめて、独り言のように…呟くように、徹は言った。

「あとは…『真心の愛』。」

栗原は、その時の徹の顔をしばらく忘れることが出来なかった。



END.