1章



Act12.5


「…なんで有川は上原の応援してんだよ。」

海斗が上原に引きずられながら教室を後にしてからすぐ、俺は有川にそう聞いた。
自分でも驚くぐらい不機嫌な声だ。
俺のその言葉を聞いた有川は、さっき海斗に向けていた生暖か〜い笑みを貼り付けたままこっちを振り返った。
…なんか、改めて見ると意味ありげな笑みにも見えるな…。

「…じゃぁ、徹はどうして……今まで2人を見守るだけだったの?」

有川は本当に核心をつくのが上手い。
多分他の人に比べて観察力とか推察力とかが優れているんだろう。
さっきの俺の質問に対して、普通の奴は答えを質問で返してはこない。

「海斗が笑っていてくれるならそれでいい。今でも俺はそう思ってるよ。」
「…じゃあ、なんで…2人を応援してあげないの?」
「やっと、同じラインに立ったから。」

俺のその答えは予想外だったのか、有川は笑顔を消してきょとんとした顔になった。

「確かに今、海斗は上原の事が好きだし上原も海斗の事が好きなんだから2人は両思いなんだろう。でもそれも2人が想いを相手に伝えない事には何も始まらない。」

だろ?と有川に訴えると、そりゃそうだ、という様に頷きながら呟いた。

「今のあの2人は…相手に自分の気持ちを伝える勇気が…ないんじゃないかな…。」
「俺もそう思う。上原はともかく…海斗は何か訳ありっぽいし…。ま、とにかく今のこの時点でやっと俺と上原は同じラインに立てたんだ。」

まぁ正確には上原のほうが数歩リードしているんだけど。

「やっと、フェアな“勝負”が出来る。」
「……やっぱり、徹は、諦めてないんだね。」
「何もしないうちから諦めたくはねーからな〜。」

なんせ数年越しの恋だから。
どうせ勝負するなら正々堂々としたい。
それでたとえ負けたとしても、何も後悔はしないだろう。

「…さっきの、答え…だけど…。」
「え?」
「どうして俺が…上原の応援をしているのかって…。」
「あ、あぁ。」

まさか答えを返してくれるとは思っていなかったから、何のことか一瞬分からなかったぞ…。

「俺は…上原じゃなくて…海斗の応援をしてるだけ…だから。」
「あぁ、なるほど。」

つまり、海斗の気持ちによって、有川はどちらの味方にもなるってことか。
う〜ん、それにしても。

「海斗って、愛されてるな〜。」

有川はきっと、俺や上原とは違った意味…“友達”として、海斗の事が好きなんだろうけど。

「うん…。俺は、海斗に……救われたから…。」
「え?」
「ううん。俺も…海斗が笑っていてくれたら…それでいいと…思う。」

有川は、自分の事はあまり話さない。
海斗に言わせると俺もそうらしいけど。
だから、今有川がふともらした言葉がとても気になったけど、話したくないのなら何も聞かないほうがいいんだろうな…。

「俺さ、正直つい最近までは駄目だな、と思ってたんだ。」
「…駄目?」
「そ。諦めるしかないのかな〜?って。」

海斗は本当に上原しか見えていなかったし、上原も海斗にべったり(無意識に)だったから、2人がくっつくのは時間の問題だと思っていた。

「それならそれでいいと思ってたんだ。」

栗原が来るまでは。
何を思っていたのかは知らないが上原は一度、変化に気づけないほど海斗の手を離してしまった。
たとえそれが一瞬の時だったとしても海斗にとっては大きな出来事だったんだ。
もともと自分の中で葛藤していた海斗は、それで一気に崩れてしまった。

「上原がそんななら…俺はもう見守るだけじゃ駄目だと思った。」

もう逃げるのはやめると決めた。

「そう…。もしかしたら…栗原も、そうなのかもね…。」
「栗原?」
「俺は…栗原が…こんなに早く、上原に告白するなんて…思わなかった。」

…ていうか、有川と栗原が初めて会ったのって年末だよな?
一体いつの間に栗原の気持ちに気づいたんだ?
…こいつは本当に不思議な奴だ…。

「海斗がおかしくなった事に…上原も気づいただろう?そして…上原も変わった…。」

変わったというより、栗原が来る前に戻ったと言った方が近いような気がする。

「それで栗原も…決めたんじゃないかな…。告白して、振られたら…すっぱり諦めるって…。」
「……。」

すっぱり…諦める…か。
あいつが一番、精神的に強い奴なんじゃないだろうか。

「……徹…。」
「ん?」

珍しく俺が聞き役に徹していたら、ふと真顔になった有川にすごく真剣な声で名前を呼ばれた。
もしかしたら今日一番真面目な顔をしているかもしれない。

「何だよ?」
「…ごめん……。」
「は?」

何が?

「…少ししゃべりすぎて疲れた…。しばらく休む…。」

そういって有川は目にも留まらぬ素早さで机の上に顔を伏せると、3秒もしないうちに寝息をたて始めた。

「……はぁぁぁ?」

まだまだ有川について、知らない事が多いらしい。
あまりの展開の速さに俺は反応するタイミングを逃してしまい、海斗と上原がまた教室に戻ってくるまで1人呆然としていた。



END.