0章
Act.0
俺が初めて高校で徹と会ったのと、有川に会ったのは、同じ日だった。
桜が舞い散るこの季節。
きっと期待に胸を躍らせて今日この日を迎えた奴は多いだろう。
…俺の今の心境とは裏腹に。
「海斗、早く行かないと遅刻するぞ。初日から遅刻は洒落にならないから急げよ。」
そういって俺を急かすのは俺をこんな心境にさせてる張本人。
どんな心境かって?
これからの高校生活の苦しみを考えると、新しい学校に対して何の感慨も湧かないほどどん底ってやつだ。
せっかくこいつから離れるために直前まで希望校を言わなかったのに、どうしてここにこいつがいるんだ?
…聖也の成績がいいことも、頭がいいこともよく知っている。
知っているけども、何もここに入る事を入学式の2日前に言わなくてもいいと思う。
しかもぶっちぎりの首席入学だ。
確かに聖也の元々の第一希望の高校よりランクは下だけど、決してこの学校が馬鹿というわけではない。
いや、むしろランクは上のほうだ。
それでも首席を取ったということは、そういうことだ。
腹が立つ。
「…ちゃんと行くから、聖也は先に行ってろよ。新入生代表挨拶があるんだろ。」
そう。
首席入学をしたのだから、当然代表に選ばれるわけで。
俺はともかく聖也が遅刻なんてしたら、それこそ洒落にならない。
まぁ、俺は笑うと思うけど。
「俺を遅刻させたくなかったら早く支度しろ。」
「……。」
意地でも先に行かないらしい。
俺は仕方なく準備をする手を早めた。
「あ〜つっかれたー。」
「まぁあんな大勢の前で挨拶なんてしたら相当神経使うよな〜。」
首をごきごきならしてる聖也の隣で、俺は苦笑交じりにそう答えた。
あの後、なんとか遅刻は免れクラスを確認したら、なんと聖也と同じクラスだった。
普通喜ぶ場面なんだろうが、俺は正直複雑だ。
これで、聖也と離れる時間がなくなってしまう。
何のためにわざわざ寮があるこの高校を選んだのか分からないじゃないか。
いや!
こうなったら意地でも時間を作ってやる!
少しでも聖也と離れる時間を作らないと、俺がもたない。
「ところで俺、部活入るから!」
「は?」
突然そう告げた俺に、聖也は意味が分からないといった顔で、間抜けな声を出した。
「だから、俺、せっかくだから、何か部活入る!」
「……なんでまた。」
「だってせっかくの高校生活だぞ?それに最近運動不足だし。なんか体動かしたいと思って。」
実際さっき寮から学校まで走っただけであんなに息切れした自分の体力の無さに驚いた。
数ヶ月の受験勉強の間で、あんなにも体力が落ちるとは思っていなかった。
「部活か…。俺も何か入ろうかな。」
聖也はそう呟いたけど、俺は聖也の性格上、それは無理だと思った。
「…聖也はやめた方がいいと思うけど…。」
「何で。」
「だって、さっきの代表挨拶でお前のファンクラブできたぞ、絶対。」
俺が真顔で言ったその言葉に、聖也は今度は顔も間抜けな表情で、間抜けな声を出した。
「なんだそれ?」
「だから、ファンクラブ。」
「……ここ、男子校…。」
「別に女子みたいなきゃーきゃーした奴じゃなくて、ただ憧れの人を応援する、みたいなやつだよ。」
「それだって嫌だって!」
腕を擦りながらそう訴える聖也は、全身で、本気で拒絶している。
…やっぱり、男にそんな風に思われるのは、嫌だよな…?
「だからもし聖也が何か部活に入ったら、そこに新入部員が殺到するんだろうな〜と。」
「ぜってー部活なんてはいらねぇ。」
……案外ちょろいな、聖也。
でも聖也のファンクラブというのはあながち間違ってはいなくて。
入学して数日経つか経たないか、という頃には聖也のことを知らない奴を探すほうが難しいという状況にまでなっていた。
確かに格好いいし周りからはクールに見えるみたいだから、あこがれる奴は多いだろう。
…でも。
「…上原君、ぜひサッカー部に。」
「いやいや、君はバスケ部に…。」
「ちょっとまて。先に俺が…。」
俺の予想通りというか何と言うか…。
勧誘がすごい。
「だから、俺は何の部活にも入りません。」
面倒臭そうに、それでも律儀に返事をする聖也に勧誘は諦めない。
こんな会話がもう1週間も続いている。
さすがに傍で聞いてるだけでもうんざりしてくる。
「…聖也、俺先行くよ。」
「待てよ海斗。どこ行くんだ。」
「……部活見学。」
そのままそそくさと教室を出て行く俺の背中に、恨みの声が聞こえてきた。
「裏切り者…。」
さて。
聖也を振り切ってきたからには本格的に入る部活を探そう。
そう決めた俺が最初に行ったのは野球部だった。
もともと部員数が少ないのか、俺がひょこっと顔を覗き込んだらどどどっと部員の人が迫ってきてかなり怖かった。
「入部希望!?」
「え?いえ、今日は見学を…。」
「ぶちょー!来ましたよー!入部希望者がー!」
「いえ、だから今日は見学…。」
「何―!!本当かー!!」
「…見学…。」
気付けば俺は野球部に入部する事になっていた。
……なんて押しに弱いんだ…。
見学をする前に入部が決まってしまった俺は、まぁいいかと開き直って与えられたロッカーに荷物を入れて着替え始めた。
もともと運動部に入るつもりだったんだし。
野球は嫌いじゃないし。
と、自分に言い聞かせていた時、ふと隣に気配を感じた。
「……?」
シャツを着替えてそっちを向くと、俺より背が高い奴がじーっと俺を見ていた。
「…な、何?」
思わず後ずさってそう聞くと、そいつは少し驚いた顔をした後、ふっと笑った。
「なぁ、お前同じクラスの奴だろー?」
「……え?」
クラスメイト!?
「俺、神林徹って言うんだ。」
「え、あ、俺は鈴森海斗。」
なぜかにっこにっこ笑っているこいつにつられて、俺も笑みを浮かべてしまった。
笑顔は伝染するらしい…。
「俺も野球部入ったんだ。よろしくな!」
そう言って差し出してきた手を、俺は握り返した。
これが、高校での徹との出会いだった。
「ちょ、いきなりこの練習はないよな…。」
「あぁ…俺、死ぬかと思った…。」
後から考えてみれば全然つらいものではなかったけど、この時の俺にとってはありえないくらいの練習量で。
「また…明日な…。」
「あぁ…。死ぬなよ…。」
まだ隣の部屋の奴だとは知らなかったこの時、部活が終わったと同時に徹とは別れた。
へとへとになった体でゆっくり校門に向かって歩いていると、視界の隅に人影が映った。
何故か下を向いて地面に座り込んでいる。
「……。」
まぁでも知らない奴だし。
「………。」
どうしても気になって暫くそいつを眺めていたけど、全く動く気配が無く。
とうとう俺は足を動かした。
「…どうしたの?」
「……え?」
ちらりと見えた校章から同学年の奴というのは分かったから躊躇うことなく話しかけると、そいつは驚いたように顔を上げた。
まぁいきなり話しかけられたら誰でも驚くよな…。
「ずっと座ってるから気になって。……帰らないの?」
余計なお世話かな、と思いながらもそう聞くと、フッと顔に影が過ぎった。
…やっぱ言わなきゃよかった。
「あ〜…。ごめん。」
「……え?」
「いきなり知らない奴からそんな事言われても迷惑だったんじゃ…。」
「…そんなこと…ない。」
ぽつりぽつりと独特な話し方をするそいつは、ただ家に帰りたくないと呟いた。
理由を聞けるほど俺は図々しい事は出来なくて。
かといってそのまま放って置けるほど薄情でもなくて。
「あ、じゃあ俺の部屋来る?」
「…部屋?」
「そ、寮だからすぐそこだし。別に他の奴入れちゃいけないなんて規則も無いし。」
「……。」
明らかに驚いた表情をしながら、それでもそいつは頷いた。
そして寮に着いて徹が隣の部屋だった事に驚き、連れてきた奴が有川という名前でまたしてもクラスメイトだった事に驚き。
驚き合っている俺達に、部活の勧誘からようやく逃れてきた聖也は呆れていた。
俺達の出会いは偶然とも必然ともいえる曖昧なもので。
その時の出会いがのちのち長い付き合いになっていくとは、この時誰も想像していなかっただろう。
END.