拓の想い





俺はずっと傍にいると…待っていると約束した。
要は誰とも恋愛しないと言っていたから。

だからまさか、要に“恋人”が出来るなんて思わなかったんだ。






「……なんだって?」

20歳の春だった。
俺は高校を卒業し、大学に進んだ。
それでもやっぱり2年前のあの時のまま要が好きで。
要も俺のことが好きだと…好きでいてくれていると思っていた。

「ん?だからお前が追っかけてるあの後輩君が告白されてるの聞いちゃってさ〜。」

本人は全く自覚していないが要は可愛い。
いや、最近の彼はむしろ綺麗だ。
俺以外の奴から告白されたことはないと言っていたが、彼の事を好きだった奴は絶対にいたはずだ。
ただ言えなかったんだろう。
彼独特の雰囲気は、正直言って近寄りがたい。
あえて言うなら高嶺の花だ。
一度彼のテリトリーに入ってしまえば意外と付き合いやすい相手だということに、多くの奴は気づいていない。

「そんでさ〜。どーもオッケーしたみたいなんだよ。」

だからこの話を聞いたとき、信じられなかった。
そしてまさか要がそれに答えたなんて思えなかった。

「……相手は?」
「え?」
「相手は…どんな奴だった?」
「え〜と、どんなって……よく後輩君と一緒にいた奴だったぞ?」

…あいつか。
たしか名前は北原優。
俺が要に告白をした後に会ったと聞いたことがある。
確かに仲がいいとは思っていたし、あいつの前では要も妙に少年っぽくなるなとは感じていた。
でも、まさか…。

「……なぁ、拓?ホントにあの後輩君が好きなら…余計なことはするなよ?」
「余計なことって?」
「…あの2人を別れさせるとか…。」
「やだなぁ。そんなことするはずないだろう?」

俺は要が好きなんだから。
にっこり笑いながらそう告げると、こいつは口元を引きつらせながらつぶやいた。

「…俺はお前のその笑みが怖いよ…。」

当たり前だ。
心の中では全く反対の顔をしているんだから。






その日、俺は講義をさぼって要の家に来ていた。
要はまだ帰ってきてはいなかったが、何度か遊びに行ったことがあったからすんなり部屋に通してもらえた。
とにかく要に会って話をしようと思った。
本当に彼と付き合い始めたのか。
本当に彼の事が好きなのか…。

……俺のことは、好きではなくなったのか。

そしてそこまで考えて俺は気づいた。
要は、俺のことが好きなんだと思っていた。
でも、それを一度も本人から聞いたことはないし態度で表してもらったこともない。

当たり前だ。

俺は1度、振られているのだから。

もしかしたら俺のことは好きではなかったのではないか?
だとしたら、今、俺が要に会っても結果は見えている。

「……。」

…いや、だからなんだ?
それがどうした?
どうせ俺は振られているんだ。

「…何もしないまま諦めるよりは……ましだ。」

もしこれで要に嫌われてしまっても…。

「……先輩?」

そんな事を考えているといつの間にか時間は経っていて、要が部屋に入ってきていた。

「…おかえり。」

ついさっきの名残で“笑み”を浮かべると、要は一歩後ずさった。
この笑顔は本当に怖いらしい。
ただ、全く表情が変わっていないところは要らしい。

「……先輩、突然どうしたんですか?」
「俺が尋ねてきたら何かまずいことでもあるのかい?」
「…そんなことは、ないですけど…。」
「けど?」
「………なんか、機嫌悪いですか?」

相変わらず質問は直球だ。
こういうところも好きだけど…。

「そりゃ悪いよ。嬉しくないことが起こったからね。」

この時にはすでに要の話を聞こうとか、冷静になろうとか、そんなものは頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。
ただ目の前にいる要しか目に入らなくて。

この存在が他の誰かの物になっているのかと思うと、止められなかった。

「…先輩?」
「要、聞きたいことがあるんだ。とりあえずこっちに来ないかい?」

疑問系でありながらほぼ命令口調の俺の台詞に、要は素直に従った。
俺はベッドの上に座っていたから、要が近くに来るなり問答無用で隣に座らせた。

「要、とりあえず聞く。」
「……なんですか?」
「北原に告白されてオッケーしたって本当?」

こんな時にも笑顔でいられる自分がおかしかった。
ただ表面上で浮かべている笑顔。
でも、この笑顔すら作れなくなったら…何をしてしまうか自分でも分からない。

俺の質問に、要はふっと表情を変えた。
それは驚きなのか、悲しみなのか、よく分からないものだった。
でも、その変化だけで充分だった。
俺の話が本当の事なんだと分かった…分かってしまった。

「そう…。本当なんだ…。」
「っ…。」
「どうして何も言わない?なぁ要…誰とも恋愛はしないと、言っていなかったか?」
「………。」
「要。」

顔を伏せてしまった要を見て、笑顔が作れなくなったのを自覚した。
ぐっと要の肩に置いていた手に力がこもって…。

「ぃっ…せんぱ…。」
「要、どうして?」
「…。」
「どうして……俺じゃない?」
「先輩…。」

驚いたように見開いた要の目を見ながら、俺は顔を近づけていった。

「要、俺は待つと言ったけれど……要が他の誰かの物になっていくのを黙って見ていることはできない。」
「え…。」

この時にはすでにお互いの顔は間近にあって…。

「我慢できない。」
「せん…っ…。」

二度目のキスは、相手を気遣うことすら出来ない激しいものだった。
ただ、奪うだけの行為。
一方的な……。

始めのうちは軽く抵抗していた要だったが、徐々に力が抜けてきた。
開放するときには完全に俺に寄りかかっていて…。

「………どうして…そんな顔をするかな…。」
「…え…?」

俺を見上げる要の目は潤んでいて、頬はうっすらと赤くなっていた。
ぬれた唇は誘うように軽く開いていて…。

俺がゆっくりベッドに押し倒しても、全く動く気配がない。

「…どうして、そう抵抗しないかなぁ。」
「……だって。」
「うん?」
「……抵抗する理由がないから…。」
「理由ならあるだろう?だって――…。」



『お…れは、あの2人が…また幸せになるまで、誰とも恋愛はしません。』



何故かこの時突然…昔、要に言われた言葉を思い出した。



『そう…決めたんです。そうしないと…俺も、相手も、傷つくだけだから…。』



あの時言っていた、“相手”とは、誰のことだ?
そして、“あの2人”とは、誰のことだ?

「……先輩?」

突然固まってしまった俺を見て要は不思議そうな顔をしながら呼びかけてきた。
その声にふっと現実に戻ってきた俺はその顔を見て何かが分かったような気がした。

はっきりとした形ではなかったけれど、漠然とした予感。

「……なんで抵抗しないんだ?」
「理由がないから。」
「………付き合っている奴がいるんだろう?」
「そうですね。」

そうはっきりと肯定されるとさすがにくるものがあるな…。

「これは、いわゆる二股とかってやつにはならない?」
「どうしてですか?俺と先輩は付き合ってるわけではないでしょう?」
「……はっきり言うね。」
「事実ですし。」

確かにそうなんだが…。

「俺には、どうしても…要は俺のことが好きなんだとしか見えないんだよ。」
「…先輩がそう思うんでしたらそうかもしれませんね。」
「………。」
「……。」
「…………それは、俺を試しているの?それとも、待っててくれと言っているの?」
「さぁ、どうでしょう?」

この時の要の笑顔はもう一生忘れられないだろう。

……その笑顔が、初めて要が小悪魔に見えた瞬間だった。


そして悟った。
もう、これはあれだな。
惚れた弱みというやつだ。


「はぁ〜。もう降参だ。分かったよ、要。」
「?」
「要が何を思ってやっているのかは知らないけれど、考えがあってのことなんだろう?」

もう確信した。
要は俺のことが好きなんだ。
でなければ、俺の質問にあんな曖昧な答え方をするはずがない。
それでもなお、何か北原と付き合わなければいけない事情があるんだろう。

それなら…俺は。

「…やっぱり俺は、待つしかないじゃないか。」
「………。」
「もうこうなったら、何年でも何十年でも待つよ。だから…要。」
「はい。」
「いつか、ちゃんとすべて話してくれ。」

要が求めているもの。
探しているもの。
考えていること。

いつか、要が俺を受け入れてくれたときに…。

「……はい。」

このときの要の笑顔は、純粋に喜びからきたもので…。

「……でも、この状況はこの先、めったにないことだよな?」
「え?」

ベッドに押し倒して、抵抗もされないこんな状態はそうそうあることではない。

「どちらにしても要は北原と付き合うんだもんな?ということは、色々するわけだよな?」
「せ…先輩?」
「やっぱりとりあえず、今を楽しむことが大切だと思わないかい?」
「ちょ、先輩どこ触って…。」
「…今の俺、手加減できないから。」
「え、笑顔で何言ってんですか…!ちょ、やめっ……わわわわ…先輩―――!!!」




八割以上本気で襲いにいったけれど要の本気の抵抗にあい、この時はしぶしぶ引き下がるしかなかった。


要に“恋人”がいるなんて、思い出す度やりきれなくなるけど…でも自由にさせてやりたい気持ちもあって。






とりあえず、俺の事実上の片思いはまだまだ終わりそうにない。



End.