もう一つの真実?





「俺、聞きたいことがあったんだ。」

優がなにやら真剣な顔で俺にそう話しかけてきた。
季節はもうすぐ冬も終わろうとしている。
優と涼夜さんが再び出会ってからもう1ヶ月。
あれから2人の行動は早かった。
あのあと2人が何を話したのかはその場を離れた俺は知らないし聞いてもいないけど、なんとなく想像は出来る。
その3日後には一緒に住み始めていた。
5年前から全く変わっていない涼夜さんの家に、優の荷物をすべて運び込んだらしい。
お互い気にする親もいないし、もう離れたくないという気持ちが強く2人の心にあったから何も迷うことはなかった、と優は言っていた。
5年前は行ったことがなかった涼夜さんのその家に俺もこの前初めてお邪魔させてもらった。
なんていうか、すごかった。

まぁとにかく、俺は2人が幸せならそれでいいんだけど…。

「何?」

優はその一言で片付けられる物ではないみたいで。
最近、俺に色々質問してくる。

『要はどうしてそこまで俺たちのことを考えてくれたの?』
『どうして俺に何も教えてくれなかったの?』
『あの先輩とはどうなったの?』

…。
あの先輩とは、日向先輩のことだ。
高校のときからの先輩で、ずっと俺のことを想っていて、傍で見守ってくれていた。
彼にすべてを話すことは出来なくてずっとうやむやにしていたけれど、優と涼夜さんが一緒に住み始めた頃にすべてを打ち明けた。
始めはやっぱりすべてを信じることは出来なかったみたいだけど、最近は少しずつ、理解してくれている。

そして――…。

「どうしてあの時さ、あの先輩があそこにいたの?」
「…“あの”が多すぎて何を指しているのかが全く分からないんだけど…。」

今回の質問も、先輩のことらしい。

「俺と涼夜が桜の木の下で再会した時、日向先輩、あの場所にいたじゃない。どうして?」

これは最近気づいたことだけど、優は意外と物事をはっきりさせないと気がすまないタイプだ。
白いものは白、黒いものは黒、と。
でも記憶がなかったあの時はそうでもなかった、と涼夜さんは言っていた。
俺も今まで気づかなかったことだから、もしかしたら優はずっとそういう自分を隠していたのかもしれない。

「…要が日向先輩を好きだったことは知ってるよ。」
「……俺、そんなに分かりやすかった?」

自分のこの気持ちが第三者にばれるならともかく、もろ当事者の先輩にもあっさりばれたんだから俺としてはなんというか、やっぱりなんとなくいたたまれない。

「そんなことはないけど…要をずっと見ていたら気づいたよ。」

それって結局分かりやすいってことじゃないか。

「でもあの時は日向先輩、俺たちのこと全く知らなかったわけだろ?だから、どうしてあそこにいたのかな〜と思って。」
「…あれ?言ってなかったっけ?」
「え?何を?」
「いや、だから…先輩と涼夜さん、同じ大学時代からの友達だったって。」

俺を見つめる優の顔から俺がその事を言ってなかったことはすぐに分かった。
そう。
実はあの2人は知り合いだった。
俺がそのことを知ったのは先輩が大学に入って半年がたった頃だった。
よく話に出てくる友達の名前を先輩がふと言ったとき、俺は心底驚いた。

「だからあの日、俺は先輩に涼夜さんを呼び出してもらったんだよ。」

何も知らない先輩に涼夜さんを呼んでほしいと頼んだときは実は心底怖かった。
いつも貼り付けている笑顔を一瞬にして消して「なんでだい?」とか聞かれたときは体感温度が5度は下がった。
それでも「これでやっと終わるんです。」と懇願した俺に、先輩は何も聞かずに頷いてくれた。

でも本当に苦労したのは先輩の友達である涼夜さんに俺のことを知られるのを阻止することだった。
もう来るな、と言われてしまった手前、こんなあっさり再会するわけにもいかないと思ったから。
なんとか先輩を言いくるめて俺のことは誰にも言わないでほしいと頼んだ(きっと先輩は納得はしてなかっただろうけど)。
高校からの知り合いは仕方ないとしても大学の人には言わないでくれ、と。
そうしないと二度と会いませんと言ったのが効いたらしい。
本当に先輩は俺のことを誰にも言わず、俺は涼夜さんに会うこともなくあの日を迎えたわけだけど…。

「そう…だったのか…。」

その話を聞いた後、優はその一言を呟いてしばらく動かなくなってしまった。
何かを考えているようだけど、だんだんその顔が険しくなっていくのを見てろくでもないことを考えているんだろうことはすぐに分かった。

「優、優のせいじゃないよ。」
「…え?」
「俺の事とか、先輩のこととか、涼夜さんのこと…自分が全部悪かったと思ってるんでしょう?」
「…だって、事実そうじゃないか…。」
「…。」
「涼夜にあんな思いをさせてしまったのも…日向先輩につらいことをさせてしまったのも…要がずっと日向先輩とつき合わなかったのも、元はと言えば俺のせいで…。」

しゅん、という言葉がホントに聞こえてきそうな勢いで優は下を向いてしまった。

「…まぁ、確かに涼夜さんのことは優が悪いかもしれないけど…。」
「うっ!」
「少なくとも俺に関しては、優のせいじゃないよ。俺が、勝手にやったことだから。」

これは本当にそう思っていることで。
むしろ俺の単なるエゴじゃないか、と何度も思ったことだ。
あの時何も出来なかった自分をただ、不甲斐無く思って…それを埋め合わせるためだけにやっているんじゃないかって。

「…要は、どうしてそんなに俺たちの事…。」

それはもう何度も優から問いかけられていることで。
だけど俺は、それに明確な答えを返すことは出来なかった。
優を待っている人がいるから…俺を、待ってくれている人がいるからと言ったのも確かに事実だけど、本当の理由はもっと他にあるような気がして…。

「俺、要のこと…好きだよ?」
「…何突然?」
「いや、なんか急に言いたくなって。」
「……その言葉を涼夜さんにももっと言えたらいいのにね…。」
「うぅっ!」

でも優がどういう意味でその言葉を言ってくれたのか、なんとなく分かった気がしたから…。
俺もそれに、答えた。

「俺も、好きだよ。」

ふふ、という感じに笑う優を見ていて、そういえばもう一つ報告していない事があったのを思い出した。

これを聞いたら、優は必ずもっと綺麗に笑ってくれるだろう。
そして自分のことのように喜んで、祝福してくれるに違いない。

思わず笑った俺に、疑問を沢山貼り付けた優の顔を見ながら…俺は、言った。



「“拓先輩”と、付き合うことになったよ。」




End.